雨宿りの法則
「響さん!」
すっかり聞き慣れた私を呼ぶ声に、体が震える。
日が沈み、夜のとばりが下りて、暗闇に包まれた小さな公園のベンチに腰掛けていた私は、ぼんやりとした頭で駆け寄ってくる敬佑くんを見ていた。
いつの間にか雨が降ってきていたらしい。でもそれが心地よくて、ずぶ濡れのまま座り続けていたから体が冷えていた。
今はそれさえも心地いい。
「何してるんですか、雨降ってるのに!風邪引きますよ!近くで雨宿りしていて下さいって言いましたよね?」
珍しく半ば怒ったようにそう言った敬佑くんがビニール傘を私に傾けて、着ている長袖のパーカーを脱いで私にぐるぐると巻き付ける。
きつく巻かれたパーカーからは、彼の香りと体温。
濡れた体と反応し合って、妙に安心した。
私は座ったまま、泣いてるのか笑ってるのかよく分からない微妙な顔でつぶやいた。
「呼び出したりして、ごめん」
「響さんから連絡くれたの、初めてだ」
「そうかな」
「そうです。いつも俺からでしたから」
「来てくれてありがとう」
「自惚れてもいいですか?」
何が?と聞き返す前に抱きしめられる。
その行為が無性に切なくて、ちぎれるほど痛くて、苦しくなる。
私は何がしたいんだ。
吐き出したいのかな。
それだけなのかもしれない。
「救命救急は、人の死に鈍感になるの」
雨の中、ぼそっと話し始めると、私の首元で敬佑くんがうん、うなずくのが分かった。
「目の前で患者さんが死んでも、もう涙が出ない。流れ作業みたいに家族に必要な手続きの話をして、ご遺体をお見送りして終わる。私の心も、閉じる」
「うん」
「そんな自分が腹立たしくて、むなしくて。何も感じない自分が怖い。怖くてたまらない。手が震える。でも、現場に立つと忘れる。苦しい。つらい……」
「………………うん」
敬佑くんは何も言わず、うなずくだけだった。それで良かった。
私は吐き出したいだけだった。
きっと、この瞬間までは。