雨宿りの法則
風が強くなってきて、ボタボタとビニール傘に落ちる無機質な雨音に、私たち2人の呼吸が溶け合う。
体には敬佑くんの温かさがあって、冷えていた心も少しずつ温度を取り戻していくみたい。
ホッとする。
目を閉じて彼の肩に顔をうずめていた。
「響さん、」
と、彼の声はいつもと変わりない。
安心しきった気持ちでいると、次の瞬間、世界が変わった。
「俺と結婚してくれませんか?」
長い間、沈黙が続いた。
冗談ではなく、時が止まったような気がした。
閉じていた目は驚きで見開いて、彼が発した言葉の意味を懸命に解釈することでいっぱいいっぱいになっていた。
こんなに衝動的で、でも冷静で、迷いのないプロポーズの言葉が彼から飛び出すなんて、私はちっとも予想していなかった。
「なに、言ってるの」
やっと出た、動揺。声が震えていた。自分でもコントロール出来ないくらい。
力を振り絞って彼の体を引き離し、その真っ直ぐな目を見つめ返した。やっぱり、彼の瞳はあの実習生と同じ、澄み切ったものだった。
「今はまだ学生ですけど、来年には就職です。タバコもギャンブルもしないし、酒も飲まないです」
「そういうことじゃなくて」
「整備士の給料なんてたかが知れてますけど、2人で暮らすくらいは出来ます」
「私と君、いくつ離れてると思ってるの。成人してもいないのに」
「年齢なんてどうでもいい」
「敬佑くん、違うの」
「何がですか。俺は本気です」
いちいち本気だと言われなくても、それは彼の表情を見ればよく分かる。
だけど、私と彼は別に付き合っていたわけではない。確かにしょっちゅう会ってはいたけれど、「好き」と意思確認した覚えもない。
突然すぎて、困惑した。