雨宿りの法則
「どうしてここに……」
クリニックのドアを開けて、敬佑くんに話しかける。すると彼はすぐに振り向き、申し訳なさそうな顔でうつむき加減に微笑んだ。
「すみません、もうすぐお昼休憩かなと思って仕事抜けて来てみたんです」
「患者さんの診察が終わらないと休憩には入れないのよ。あと30分はかかる」
「じゃあ、終わるまで待ってます」
「敬佑くんだって仕事があるでしょ?」
「じゃあいつならいいですか?」
「それは……」
口をつくんだ私を見て、彼は「迷惑だというなら帰ります」とつぶやいた。
その言葉の響きがやけに乾いて聞こえて、なんだか無性に寂しくなる。なんて身勝手な私。
そのうちお会計を終えた患者さんが出てきて、「あらあら看護師さん」なんて言って会釈されてしまい、なんとなく気まずくなりながら頭を下げる。
このままここで話していたら、きっと患者さんも気になるだろうしスタッフにも迷惑がかかるだろう。
もうここは、腹をくくるしかないのだ。
逃げてばかりいたからこうなってしまったのだ。自分の責任。
「今日の夜、仕事が終わったらここで待ってるから」
私がそう言うと、敬佑くんは一瞬驚いたような顔をしたあとコクリとうなずき、何かを差し出してきた。
それは昨夜、彼の車に忘れてきた折りたたみ傘。
「ちゃんと…………いてくださいね」
「……うん。分かった」
傘を受け取って自信が無いながらも彼と目を合わせると、彼は小さく笑って「では夜に」と言い残していなくなった。
傘も返してもらったし、もう私たちの間に残っているものは何もない。
それでもまだ何かあるの?何か話があるの?
私たちの関係は、4年前からどう変わっていくのだろう。
4年前の私には、きっと未来のこの展開は想像も出来ていなかったはずだ。
なんとも言えない想いを抱えたまま、静かに仕事に戻った。