雨宿りの法則
その日、仕事が終わったあと、どことなくソワソワして着替えもいつもよりのんびりとしていた。
ぼんやりとしながらブラウスのボタンをとめていると、先に着替え終わった雪子さんがロッカーをパタンと閉めながら
「なぁに、響ちゃん。いつにも増して暗いじゃないの」
と明るいトーンで笑った。
雪子さんは本当に羨ましくなるほど気分の浮き沈みが無い人だ。いつも明るくてムードメーカー。いや、もしかしたら気分が落ち込んでいる時もそれを見せないだけなのかもしれないけれど。
私よりずっと人生経験も豊富だし、数多くの壁を乗り越えてきただろうから、こういう人になれたらいいなぁと漠然と思う。
私が微妙な反応を示していると、逆隣から真美ちゃんが「違いますよ」と口を挟んできた。彼女も着替えを終えて、化粧直しの途中だ。
「森田さんは暗いんじゃないです、静かなんですよ」
「それもそうね〜。だったらほらほら、もっとニコニコ笑いなさい!その方が幸せが舞い込んでくるんだから」
2人で笑い合っているのを眺めながら、そうか、と気付かされた。私、今まで他人より笑う回数が少なかったような気がする、と。
だからなのか分からないけれど、つねにどんよりとした空気の中にいたし、前の仕事のことや敬佑くんのこともあってどこかで引きずっていて、友達と会っていても家族に久しぶりに会っても楽しめないところがあった。
もう少し、前を向かないといけないのかな。
私のことを話しているのに当の本人がなにも発言しないので、雪子さんと真美ちゃんがほぼ同時に私の顔をじっと見つめてきた。
……もしかして、顔になにかついてる?消毒液とか?
慌ててロッカーの鏡を見ようとしたら、雪子さんが盛大にため息をついた。
「今度は何に悩んでるの?」
「えっ?私は別に何も……」
「もう何年一緒に仕事してると思ってるの。案外、響ちゃんって分かりやすいんだから」
「もしかして、今日お昼頃に外に来てた彼のことですか?」
突然真美ちゃんに核心を突かれて、思わず息を飲む。その反応に、やっぱりそうかと彼女はどこかスッキリした表情で笑った。
なるほど、受付にいれば私と敬佑くんが外で何か話をしていたことには気づくか。
そこへさらに鋭い雪子さんが目を光らせた。
「まさか、その彼ってあの彼?プロポーズの?」
「…………………………はい」
あらあら、と雪子さんも真美ちゃんも何かを言いたげに微笑む。
何を言いたいのか、私には全く分からなかった。