雨宿りの法則
意を決して外に出たはいいものの、私の方が早かったのか、お昼に話した場所に敬佑くんの姿は無かった。
普通に考えてみても、おそらく私よりも彼の方が仕事が終わるのは遅いだろうから、少し待つことにした。
待っている間、敬佑くんと会わなくなってからのことを思い出していた。
彼に「もう連絡しないで」と伝えて、そして彼の幸せを心から願っていたけれど。果たして彼は今、幸せのだろうか。幸せだと思える相手に出会えたのだろうか。
私は、残念ながらそんな相手には出会えなかったし、出会おうともしなかった。
山路先生が私を採用してくれて、小さな医院だけど充実した毎日を過ごして、優しくて楽しい同僚にも恵まれて、もうこれ以上のことは望むことなんかないと思った。
この毎日が、ずっと続いていくのだと。
ねぇ、敬佑くん。
今あなたは、幸せ?
ポツン、と頬に雨粒を感じて空を見上げた。
だいぶ日が長くなったとはいえ、空は真っ暗。いや、これは雲が厚くなってきて、これから本格的な雨が降るという証なのかも。
何故なのだろう。
敬佑くんと会う時はいつも雨だ。
出会った時も、食事をした時も、離れた時も、再会した時も。今も。
返してもらったばかりの折りたたみ傘をバッグから取り出し、空へ向かって広げる。
徐々に強くなる雨のにおい。少しずつ降り出した雨。雨はいつも私と共にあって、離れることなくくっついてきた。
地面を濡らす雨に、どこか親近感すら湧いてくる。
そうやって時間をかけて辺り一面を濡らしても、晴れたら乾いて消えるくせに。
どのくらいそうしていたのか、どのくらい時間が経ったのか気づかないまま、すぐ近くで
「響さん」
という声がした。
顔を上げると、敬佑くんが車から降りてこちらへ歩いてくるところだった。ものすごく心配そうな表情を浮かべながら。
「すみません!もっと早く上がらせてもらえるはずだったのに遅くなっちゃって。かなり待たせちゃいましたよね」
「ううん、平気だよ。私もさっき終わったところで……」
言いかけたところで、傘の柄を握っていた手の上から、敬佑くんの手がふわりと触れた。
びっくりするほど胸が跳ね上がる。
目を見開いた私の顔を覗き込み、彼は不満そうにすぐに手を離した。
「嘘つき。手が冷えてた」
「………………ごめん」
「謝るのは俺の方です、遅くなったんですから。何か温かいものでも食べに行きませんか?」
コクンとうなずきながら、まだ収まらない鼓動に戸惑う。
中学生じゃあるまいし。かすったように手が触れたくらいで。彼にとって深い意味なんか無い、体温を確認するだけの行動だったというのに。