雨宿りの法則


敬佑くんがよく行くという定食屋は全国チェーンのお店で市内にも何店舗かあり、お店に入ったことはなくても名前は知っているようなところだった。

中に入ると8割ほどは男性客がいて、女性客はちらほらいる程度。男女比に差があろうが、私は特に気にはならなかった。

何人組かで来てワイワイと賑やかに食べている人もいれば、1人でやって来てササッと平らげて帰っていく人もいる。そしてひきりなしにお客さんが入れ替わる。
これが定食屋なのか、とキョロキョロしてしまった。

私と敬佑くんはそれぞれサワラの西京焼き定食と唐揚げ定食を頼み、それらはそこまで待たされることなく届けられた。
この早さがサラリーマンたちに受けているのだろうか。


「早くて安くて美味しいんです、ここ」

「なるほど。人気の秘訣だね」


割り箸を取って私に渡してくれた敬佑くんが、慣れた手つきで自分の割り箸をパキッと割る。私もそれにならう。
いただきます、と早速定食を食べ始めた。


「辞めてなくてホッとしました」

「え?」


唐突に話し出した彼の言葉に、私は半ば反射的に顔を上げた。視線は感じたのか敬佑くんは微笑み、そのまま唐揚げにパクッと食いつく。


「久しぶりに響さんのことを見つけて、その時に思ったんです。あぁ、看護師辞めてなくて良かった、って」

「………………違う業種で探したりもしたのよ。でも、他になんの資格もない。だから続けるしかなかったの」

「そうかもしれないけど、あの頃とは顔つきが全然違うから。雰囲気も、顔色も」

「よっぽど当時は酷かったのね」

「いいじゃないですか、今は違うんだから」


冷静に、客観的に、あの頃を振り返る敬佑くん。
今と昔がどのくらい違うのか私自身にはよく分からないけれど、彼がそう言っているのだから間違いないのだろう。

今は、少しは……明るくなれたのかな。
そう思ったら心なしか気持ちが軽くなった。


「私も、安心した。敬佑くんが整備士になれたって分かって。どう、仕事は楽しい?」


最初に来院した時に問診票に書いていた職業。自動車整備士。彼が専門学校に行って勉強して目指していた職業だ。

私の問いかけに、彼は間髪入れずうなずいた。


「とても楽しいです。毎日好きなことをやれてるようなもんですから。まぁ、まだミスもやらかしますけどね」

「そんなの私も一緒だよ。何年経ってもミスしちゃう時はしちゃうものだからね」

「看護師さんがそんなこと言って大丈夫ですか?医療ミス?」

「たいそれたことはやってないから安心して。医療ミスなんてやったら裁判で負けて今頃廃人だから」


あはは、と敬佑くんは楽しそうに笑った。
それを見ると、4年前に無理やり押し込んだ自分の気持ちが膨らんできて、なんだかやけに苦しくなった。

4年前は、どんな話をしていたんだっけ。
思い出せないけど、きっと今とそう変わらないことを話していたような気がする。


私は、この人と楽しく会話をしてもいいのかな。
2人で食事してもいいのかな。
あんなに傷つけた過去があるのに、大丈夫なのかな。
何も無かったことにして、ゼロから始めることなんて出来ないのに。

楽しいのに、不安が押し寄せてくる。
彼はどう思って私と一緒にいてくれるのだろう。


今さら込み上げてきたこの気持ちを、今からどうすればいいの?








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