雨宿りの法則
翌日の夕方、前の日の天気予報はしっかり当たって雨が降ってきた。
時刻は16時半。
いつもの山路先生の診察は17時半まで受け付けているけれど、今日は16時半で締め切った。先生に学会の予定が入ったからだ。
小さなクリニックなので、新規の患者さんは多くても1日5人くらい。再来の患者さんがほとんどで、サラッと診察を受けていつものお薬を処方してもらうことが多い。
子どもも診ているから、新患で多いとすれば急変の子どもくらいだ。
16時半過ぎにいそいそと山路先生が学会に向けてクリニックをあとにした診察室で、私はシーツの交換やデスク周りの消毒を黙々としていた。
最後の患者さんも帰ったし、今日は早く上がれそう。
早く帰ったところでやることは無いのだけれど、たまに手の込んだ料理を作るのは私にとって多少のストレス発散になる。
今日はキーマカレーでも作ろうか、なんて考えながら、少しばかり軽い気持ちになって自然と仕事をする手も早まった。
遅くまで残って仕事をするのは苦ではない。
でも、たまにある早く帰れる日はなんとなく特別な気がした。
「今日は雨だし、カレーにしようかしら」
「え?」
すぐそばで作業していたベテラン看護師の雪子さんが不意に私が思い描いていたメニューを口にしたので、思わず振り返る。
昨日休んだからか、今日はすっかり顔色もいい。体調は完全に回復したようだ。
彼女はサッパリとしたショートボブのサラッとした髪の毛を耳にかけながら、フフフと笑った。
「だって雨なんだもの。買い物でお店寄るのも面倒だし、こんな日は家にあるもので簡単にカレーがいいかなぁって。子どもたちも喜ぶしね」
「なるほど。私はキーマカレーにしようかと思ってました」
「あら、オッシャレ〜。彼でも遊びに来るの?」
「だからそんな人いませんってば」
何故か雪子さんは私に恋人がいると言って聞かない。否定しているのに、毎週通ってくる彼氏がいるんだと想像しているらしい。
ここ数年、恋をしようと考えたことすら無かったことを思い出した。