雨宿りの法則
他に待つ患者さんなどおらず、待合室は照明を抑え目していたので薄暗い。タイミング良く真美ちゃんが気を利かせて明るくしてくれた。
広くもない待合室の真ん中のソファー席にポツンと男性が座っていて、白いフェイスタオルか何かで左腕を押さえている。タオルは所々血に染まっていた。
男性の顔はうつむき加減で、私の位置からはよく見えなかった。
「あっ、ほら!さっきも言ったでしょうが、腕を心臓より高く挙げなさいって!いつまでも血止まんないわよ!」
患者さんにズケズケと言いたいことを言ってしまうのが雪子さんの性格。
このサバサバしていて明るいところが、お年寄りの常連患者さんからは大人気なのだけれど、若い人にはどう見えるだろうか。
「すみません」と彼は慌てたように左腕を顔のあたりまで挙げて、苦笑いしていた。
気のせいだろうか、彼の横顔に見覚えがような━━━━━。
「あくまでも応急処置を施すだけだから、仕事がひと段落したらすぐに病院に行くこと。夜にやってる病院教えるから。いいわね?」
「はい」
「たぶん5、6針くらいは縫うことになると思うけど、消毒に何日かは病院に通わないといけないからね。うちのクリニックが職場から近いならうちでもやってるから、ちゃんと来なさいよ?」
「はい」
私が処置台の上に並べておいた器具を手早く取って、雪子さんが説教にも似た言葉を彼に投げかける。彼はハッキリとした口調で返事をしていた。
よく見ると血はほとんど止まっているようだ。遠目から見ても、傷が痛々しい。この状態でよく仕事に戻るなんて言えるなと呆れてしまう。