雨宿りの法則
せっせと傷口を処置する雪子さんが、被覆材で患部を押さえたまま私に片手を伸ばす。
「響ちゃん、ガーゼ取って」
「はい」
私が素早くガーゼを渡すと、それまで静かにしていた彼がゆっくりと顔を上げてまじまじと私の顔を見つめてきた。
そして、ぽろりと小さく
「響さん?」
とつぶやいたのだ。
「え?」
私より先に反応したのは雪子さんだった。
驚いたように私と彼の顔を見比べ、「知り合い?」と聞いてきた。
正面から彼の顔をしっかりと確認して、私はそこで初めて気がついた。
どうして彼だと気づかなかったのだろう。
どうして彼の声だと思い出せなかったのだろう。
どうして彼の横顔だと察知できなかったのだろう。
私は急いで顔を伏せた。
それはほとんど無意識にしてしまった行動で、自分でも頭が混乱してよく分からなくなっていた。
「いえ、違います」
咄嗟に出た言葉が、彼の「響さん?」という問いかけに対してなのか、雪子さんの「知り合い?」という問いかけに対してなのか、急なことで明確な返答にもならなかった。
傷口の処置は、ほとんど終わりに近い。
私は処置台をその場に置いて、顔を伏せたままで
「あとはお願いします」
とだけ告げて、早足で診察室に駆け込んだ。