きっと、君だけは愛せない
たったそれだけのことで、なぜだかとても居たたまれない気持ちになる。

そのせいか、あんなに観たかった映画だったのに、その内容はほとんど頭に入ってこなかった。


「なかなか面白かったな」


映画館を出て駅に向かって歩いているとき、ケイがそう言った。

形のいい唇の間から白い息がもれて、夜空へ溶け込んでいった。


「うん、そうだね」


なんとか相づちをうったものの、上の空なことがばれてしまったようで、ケイが怪訝な顔をしている。


「ん? 面白くなかったか?」

「……ごめん。なんか、観てる間ぼうっとしてて、あんまり内容が分からなかった」

「そっか。疲れてるんだな」


ケイがすっと手を伸ばし、「おつかれさん」と頭に手を置いた。

顔が熱い。それに気づかれたくなくて、なにか話題がないかと考えを巡らせて、思い付いたのがカズのことだった。


「カズのフェイスブック、見た?」


自分から話題をふっておいて、口に出した瞬間にまずかったかな、と気づいたけれど、ケイは気にしたふうもなく「見た、見た」と微笑んだ。


「あれだろ、長男誕生! ってやつ」

「そうそう。あのカズが父親かーって叫びそうになったよ」

「まあ、でも、あの写真見てたら、なんか父親の顔してたよな」


そうだね、と私はうなずく。

生まれたばかりの息子を間にして奥さんと写真に写っていたカズは、本当に嬉しそうだった。

奥さんも可愛くてきれいな笑顔をしていて、絵に描いたような幸せ家族。


「にしても、まさかミキのほうからカズの話題ふってくるとはな。少し驚いた」

「うん……たしかに、そうだね」

「あれか、とうとう失恋を乗り越えて、次の恋に目が向いてきたとか」

「へっ?」


声が上ずってしまった。

するとケイが意外そうに目を丸くする。


「え……なんだよ、その反応。もしかして図星? なわけないか」

「う……」

「……まじか」


ケイがくしゃりと自分の髪をかきまわした。


「なに、お前、もしかしてカズのこと吹っ切れた?」


それはよく分からない。

でも、私はここ半年以上の間、ほとんどカズのことを考えなかった。

カズに子供が生まれたことを知っても、思いのほか動揺することもなく、むしろ心から『よかったなあ』の思えた。


吹っ切れるって、そういうことだろうか。


赤ちゃんを抱いたカズの笑顔の写真を思い出す。

きっとカズは私といたらあんなふうに笑うことはなかったような気がする。

そして私も、ケイといるときのような自然で素直な笑顔は浮かべなかったような気がした。


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