もう一度だけでも逢えるなら
 駅に向かって歩いている途中で、良いアイデアが浮かんだ。

 さりげなく。さりげなく。ちょっと馬鹿な行為だと思うけど、さりげなく。

「まなちゃん! 一万円札が落ちてるよ!」
 あえて大声で。

「にゃあ」

「誰が落としたんだろうね!」
 私はさらに声を張り上げる。

「にゃあ」

「ネコババしちゃおうか!」
 庭で洗濯物を干しているおばさんに聞かれちゃったかも。

「にゃあ」

「この一万円で高級キャットフードを買ってあげるね!」
 それもウソ。

「にゃあ」

 あの人が見ていないかな。なんて思ったりして。

 また注意してくれないかな。なんて思ったりもして。

 本当に馬鹿な行為だと思う。でも、あの人に会うためだから、恥じらいは捨てなければならない。

「やっぱり交番に届けようか!」
 私の渾身の叫び。

「にゃあ」

 演技が下手すぎるのだろうか。あの人も今日はお休みなのだろうか。外にいないのだろうか。どんなに大きな声で言っても、あの人は登場しない。

 どうにもこうにも諦めがつかない。あの人に会いたいという思いが強くなってくる。直接お礼を言わなければ、気が済まない。

 まだ八時十一分。三十分も歩いていない。

 早くもぐったりしているまなちゃんには悪いけど、もう少し私に付き合ってもらう。
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