もう一度だけでも逢えるなら
「昨日は、どうもありがとうございました。あなたが注意してくれなかったら、あの一万円をネコババするところでした」
 私はジャケット姿の男性に向かって頭を下げた。落ち着いた声で言えたと思う。

 やっとお礼が言えた。心の中のモヤモヤは一気に吹き飛んだ。

「交番に届けてくれたんですよね」

「はい。届けました」

「そうですか」
 ジャケット姿の男性の表情は、一気に明るくなった。

 とっても素敵な笑顔。その笑顔に、私の胸はときめく。背が高いし、顔も割りとかっこいい。そして、何よりも、人柄が良さそう。

「あの……」

「何ですか?」

「あなたは、どうして冬用のジャケットを着ているんですか?」
 ずっと気になっていたことを聞いてみた。

「この服が好きなんです」
 相変わらず、穏やかな口調。表情は笑顔のまま。

 その笑顔に、私の胸はさらにときめく。

「暑くないんですか?」

「暑くないですよ」
 穏やかな口調で答えてくれたジャケット姿の男性は、とても涼しげな表情。

 全く汗を掻いていない。本当に涼しげな表情。

 暑い中を歩き回ったので、私は大量に汗を掻いている。白のカットソーが汗で透けている。まなちゃんも汗を掻いている。

 ジャケット姿の男性は、なぜ汗を掻いていないのか。こんなに暑い中、冬用のジャケットを着ているというのに。

 汗を掻かない体質なのだろうか。暑さに強い人なのだろうか。私はとても不思議に思う。
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