もう一度だけでも逢えるなら
 最近は、あのおじさんのような人を見かけない。

 変な事件や詐欺が横行しているので、人が人を信用しなくなってきている。

 下手に親切にすると、誘拐犯やひったくり犯に間違えられてしまう。

 だから、私も人に親切にしない。そういった人は、他にもたくさんいると思う。

 ましてや、歩きスマホをしていると、人々の様子が目に見えない。困っている人がいたとしても、素通りしてしまう。

 あの頃と、時代は変わった。人の心も変わったと思う。私の心も変わったと思う。

 あの頃の私は、今よりもっと純粋な心を持っていたと思う。誰に対しても、今よりもっと素直な気持ちで接していたと思う。

 大人になって、失ってしまったもの。あの頃の私は、どこへいってしまったのか。



 そんなことを考えながら歩いていると、重たそうな買い物袋を持って歩いているおばあさんを見かけた。ぱっと見た感じ、八十代前半くらい。

 一人で歩いている。汗を掻きながら歩いている。家が遠いのか、休憩しながら歩いている。

 すれ違う人はいるのに、誰も声を掛けない。若者も中年のおじさんもおばさんも、みんな素通りしていく。

 あの頃の自分を取り戻すために、勇気を出して、あのおばあさんに声を掛ける。自分から声を掛ける。

 そう自分に言い聞かせて、道端で休憩しているおばあさんの元に向かった。
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