もう一度だけでも逢えるなら
「もう少し、様子を見ましょうか」

 水樹に引き止められた。

 きっと何か意図がある。そう思い、私はその場で立ち止まった。

「まずは待つんです」

「どうしてですか?」

「親切な人が現れるかもしれないからです。紗優さんが親切にしたり、僕がお願いしてしまうと、人の親切心が無駄になってしまう可能性があります」

「あ、なるほど。そういうことですか」

 私は理解して、水樹と一緒に通りを行き交う人々の様子を見守った。



 相変わらず、おばあさんに声を掛ける人はいない。みんな素通りしていく。

 おばあさんはゆっくりと立ち上がり、買い物袋を持って歩き出した。

「おばあさんに声を掛けてもいいですか?」
 水樹に聞いてみた。

「いいですよ」
 水樹は笑顔で言ってくれた。

 私はおばあさんの元に駆け寄った。

「こんにちは」
 さわやかな笑顔で挨拶。不審者だと思われないように。

「こんにちは」
 おばあさんは挨拶を返してくれた。

「今日も暑いですね」
 いきなり用件は言わず、ちょっと世間話。

「暑いねえ」
 おばあさんは疲れた様子で額に汗を掻いている。

「買い物してきたんですか?」

「そうだよ。五日分の食料をね」

「五日分もですか。ご自宅からスーパーまでは遠いんですか?」

「歩いて三十五分も掛かるのよ」

「それは遠いですね。私が持ちましょうか」

「お気持ちは嬉しいんだけど、家はもうすぐだからいいよ」

「そんなこと言わずに、持たせてください」

「いいよいいよ。ちゃんと自分で持てるから」

「そんなこと言わずに、持たせてくださいよ」

「いいって言ってるでしょ。しつこい人だね」

 おばあさんは、そそくさと歩いていってしまった。私から逃げるかのように。

 善意でしたつもりが……。

 いったい何がいけなかったのか……。

 断られた原因を考えているうちに、水樹が私の元に歩み寄ってきた。
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