ピエリスの旋律
「いや、ね。萩原さんからチョコ欲しいなぁ…なんて。明日貰えないと悲しいから、わざと今日言ってみた。ちょっとキザっぽさも加えてみた」
そう、照れたように頭をかく。
このエスカレーターを降りれば改札はもうすぐそこだ。
もうすぐで、お別れをしないといけない。
ズルいなぁ。
その言葉で私がどれだけ揺らぐか、分かって言ってるのかな。
「…チロルならあるよ。今でいいならあげる」
「え!!」
「尾瀬くんの嫌いなコーヒーヌガーだけど」
ぱぁっと輝いた顔が一瞬曇る。
そして不思議そうな顔に変わって、何で知ってるの?って首を傾げる。
やっぱり嫌いなんだ。
ココアばかり飲んでいるのを見ていて、なんとなくそうじゃないかぁって思ってた。
ちなみに私はチロルチョコのコーヒーヌガー大好き。
この苦さが良い。コーヒー飲めないけど。
斜めがけのメッセンジャーバックの中を漁って、その一つを尾瀬くんに手渡す。
「いいの?」
「いいよ。貰ってくれるんでしょ?」
うん、と嬉しそうに微笑む。
たった数十円の代物だというのに。
わざわざ今日言わなくたって、明日あげるチョコレートなんてとっくに用意してる。
前から色んなのを調べて見て、手作りも考えたけど、そういうの嫌いな人だといけないと思って買いに行って。
明日どうやって渡そうって、今日はそんなことでいっぱいだったのに。