ピエリスの旋律
「え、なんで」
「警察に声掛けられること多くて。だから別のとこ、探そうかなぁって」
いくらなんでも、あなたに見られたからです、とはあからさま過ぎて言えないけど。
やはり知り合いにあの姿を見られるのは恥ずかしいので、できれば避けたいとの思いだった。
警察が巡回してるっていうのも嘘ではない。
それは仕方ないねって、少し残念そうな表情を浮かべる。
「あの時、ちょうど予備校に戻るとこだったんだけど、何かやけに耳に残る声だなぁと思って。見たら萩原さんがいたから驚いたよ」
「そ、それはどうもです」
やっぱり、あの予備校に尾瀬くんは通っていたのか。
「また歌う時あれば教えてくれない?」
「え、」
「別のとこでいいから、ゆっくり聴かせてほしい。この前は急いでたから」
本当に無意識で、この聞き方なのか。ズルい。
自分の顔が熱を帯びていくのが分かる。
嬉しいに決まってる。
聴きたいって、そんな言葉は最高に私を舞い上がらせる。
「だめ?」
「え、うーん…」
「萩原さんの歌聴きたい」
「っ、…」
「ね、お願いします」
「そっ、…そこまで、言うなら」
何がそこまで言うなら、だ。
先ほどまで知り合いがいる場は極力避けようと考えていたところなのに、それなのにこのあっけなさ。
尾瀬くんの言葉に、速攻で落ちてしまった。
一体自分はどうするつもりなのか。
尾瀬くんが偶然ではなく、私の歌を聴くために来てくれたとして、緊張せずいつも通り歌える?
そんなこと、絶対無理に決まってるのに。
私は完全に、浮かれていた。
尾瀬くんの隣の席をゲットし、褒められ、また歌を聴きたいと言われ。
わぁ、嬉しいー!そんなこと言ってくれる人がいるなんてー!って。
あれ…?私って、もしや単純?
彼はそんな私を、にこにこ笑いながら見ていた。