ピエリスの旋律

倉田さんの目が真っ直ぐに私を見据えて、思わず目眩がしそうだった。

考えなかったわけじゃない。
路上だけじゃなくて、ちゃんとしたライブハウスで歌うこと。
でも方法が分からなくて、今出来ることをしっかりやろうと思って、路上でギターを抱えていた。

それが、こういう風に繋がるのか。


「…私でいいんですか?」


すがるように口から出た言葉は震えていた。


「君が、いいんだよ。」


そう優しく微笑んでくれたので、初対面の相手を前にして泣きそうになった。
歪んだ私の表情を見て、良い返事を貰えると確信したんだろう。

「よろしく」って、私の前に右手が差し出される。
「よろしくお願いします」と声を振り絞って、その手を握った。

私の冷え切った手を笑っていたけど、倉田さんの手はこの寒さでも温かくて。
あ、私初めて男の人の手握ったなって、強く握り返してくれた手に漠然と感じていた。


「オッケーを貰えたことだし、改めて名前聞いていい?」


最近物騒だから、名前も気軽に聞けないんだよねぇ。と彼は困ったように笑う。
ちゃんと自己紹介をして、お互いの連絡先を交換した。

ライブは1ヶ月半後、4月の中旬だった。
ライブハウスの場所も教えてくれる。


「ここ、知り合いがやってるからライブ前に下見したいならいつでもどうぞ。何か困ったことあったら相談乗るから連絡して?また打ち合わせとかあるし、その時はうちのメンバー紹介するから」


倉田さんはバイバイって手を振って、夜の人混みの中に消えて行った。
街の喧騒の中でも存在感を放つその姿を、私はじっと見送った。


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