ピエリスの旋律

「へぇ、そうなんだ。派手な人だったね」

「髪が明るかったね」


尾瀬くんに促されて帰り支度を始める。
倉田さんと話し込んでいたせいで、いつもより遅くなってしまった。

と、私は先ほどの倉田さんとの会話を思い出す。


「ライブ出る時の名前、どうしようかなぁと思って」

「名前って、どういう?歌手名ってこと?」

「そうそう」


自己紹介をした時に、アーティスト名はあるのかって聞かれた。
今まで必要としたことがなかったし、考えたこともないのでもちろんない。

本名でいくのか、他の名前を考えるのかも悩みどころだ。どうしよう。


「うーん。なんか良い案はないの?こんな名前にしたい、とか」


尾瀬くんが顎に手を当てて考えている。
私も「うーん」と唸りながら、ギターを仕舞ったケースを背負った。

良い案、か。


「フルネームをそのまま使うのは、ちょっと抵抗あるから。下の名前でいこうと思うんだけど…」

「表記で悩んでる?」

「そうなの。漢字で栞なのか、ひらがなか、それともアルファベット」


帰る準備が整って、どちらからともなく歩き出した。
自然と足が向かうのは駅の方向。

「どれもしっくり来ないんだよなぁ」と、私が独り言のように呟く。
隣の彼も考え込んでる様子だ。

“しおり”って名前の響きはとても気に入ってるのでそのまま使いたいのだけれど、いまいち表記にしっくりこない。
自分は“萩原栞”に変わりはないんだけど、どこか歌ってる時の自分と、それ以外の自分は別のように感じていて。
それを名前でも表現したいなぁとは思うんだけど…。

難しいかな。
なんにも浮かばないや。

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