ピエリスの旋律

大きな会場でコンサートを見たことは何度かあるけど、ライブハウス自体来たことがなかったので、この異様な空間に驚く。
壁にベタベタって、普通に貼られたポスターの数々に。


ここの最寄り駅で倉田さんと待ち合わせて、その背中につられるままやって来たけど、もちろん彼がこの空間に驚くことはない。
だって、これは彼の日常なんだから。

なんだか急に緊張感が湧いて来てぎこちない表情を浮かべていると、倉田さんに「ひどい顔」って笑われた。


「こっちがホールね。俺らが騒ぐところ」


エントランスの奥にある、いかにも重そうな黒い扉を開くと、思っていた以上に視界が大きく開けた。
今はいくつかの丸テーブルと椅子が置かれているけど、ここが客席なんだろう。その向こうには舞台。

というか、


「ここ、キャパいくらですか…?」

「えーと、たぶん250くらい?当日は200弱は入ると思うよ」

「そ、そんな…!こんなに大きいなんて聞いてません!」


倉田さんはその大きな瞳を細めて、妖艶な笑みを私に向ける。
客席の真ん中で、私は呆然と辺りを見回した。


「怖じ気ついた?」


私を試すかのような言い方に、思わず黙り込む。

こんなに大きな会場だなんて知らなかった。
てっきり数十人しか入らないような場所で、細々やってるのかと思っていた。(失礼な言い方っていうのは自覚してる)

路上とは比べ物にならない人数のお客さんを前にして、私は歌うのか。


「なに、怖くなっちゃった?やめる?」


倉田さんはきっと、こうして人を煽るのが好きなんだろう。
心底楽しいって、その綺麗な顔に大きく書いている。

< 48 / 79 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop