ピエリスの旋律

「今考えるとね、あんな説教じみたこと言うべきじゃなかったなって。それにあれ、ただの八つ当たりだった」

「や、八つ当たり?」

「うん。才能があって夢もあるのにいっつもどこかやる気なくて、もったいないなぁって思ってたんだ。と同時に嫉妬もしてた」


し、嫉妬って。
尾瀬くんがこんな私に?そんなまさか。

彼は小さく「恥ずかしいね」って苦い表情を浮かべて、あまり聞いたことのない弱々しい声で言った。


「ちょうどあの頃、思ったように模試の結果が伸びなくて悩んでたんだ。ずっと足踏みしてるような状態で焦ってて。そんな時に、萩原さんが歌ってるのに出くわした」


思い出すように目を伏せて、尾瀬くんの顔に影が出来る。
そんな俯いた表情でさえ、かっこいいなぁと見てしまう。


「すっごい楽しそうでキラキラしてて、その真っ直ぐな声が胸の奥まで届いてさ。純粋に羨ましいと思ったんだよ。自分は足踏みしてるのに、萩原さんは夢に突き進んでて」


彼の言葉が、そっと心に降り積もっていく。
こんなこと思ってくれてたなんて、そんなの知らない。


「でも学校ではやる気ないし、絶対もっと出来るはずなのに、力抜くのはもったいないことだなって見てた。志望大学のことも、萩原さんならもっと上を目指せるはずなのに、どうしてそこでやめちゃうんだって思って、キツいこと言っちゃったよね」


「ごめんね」って力のない声が私に届く。
尾瀬くんは未だ俯いたままで、どんな表情をしているのかは分からない。

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