ピエリスの旋律

「あの言葉がなかったら、一生懸命やることがこんなにも楽しいんだって気付けなかったよ。だから、尾瀬くんありがとう。あの日私を叱ってくれて、本当にありがとう」


彼の顔を見てたら何だか私まで感情が込み上げて来て、悲しくもなんともないのに涙が溢れた。
尾瀬くんは尾瀬くんで、さっきまであんなにも泣きそうな顔をしていたのに、私が先に泣いたものだから驚いてオロオロし出した。

なんでこんなおかしな状況になってるの。


「悲しくないのに涙出る〜」

「え、ちょ、待って。ティッシュ、ハンカチ…」

「笑えてくるんだけど〜」


そうケラケラと笑い出す私に、鞄を漁っていた尾瀬くんの手は止まって、つられたようにふふっと笑った。
やっぱり彼には笑顔が似合う。


「あ、鼻水出てるよ」

「え、うそ!」

「うん、嘘だよ」


すっかりいつもの調子に戻って私をからかう。
それがとっても嬉しくて、私は泣き笑いしながら彼を見ていた。


「それにしても、尾瀬くんも人の子なんだね」

「何それ、どういう意味?」

「悩んだりするんだなぁって。なんだか意外で」

「酷いな。悩むし嫉妬もするし、汚い感情なんていくらでもあるよ」


その言葉とは裏腹に、とても優しい表情を浮かべている尾瀬くん。

私は少し、安心していた。
彼は自信に溢れていて、非の打ち所がないなって感じていたけど、それって逆に本人にとってはプレッシャーじゃないかなって思ってたから。


人間っぽいところもあるんだね。
そんな彼に、良い意味で親近感が湧いた。


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