ピエリスの旋律
「私はワイルドより可愛い系の方が好きかなぁ」
「え、それってもしや尾瀬」
「違うって。尾瀬くんは何ていうか、彼氏にしたいより目の保養目的、みたいな?自分の彼氏があんなに綺麗な顔してると落ち込みそうだし」
「それは分かる気がする。見てると視力上がりそう」
二人で納得する。
尾瀬くんに対しては親近感が湧かないというか、例えるなら高嶺の花?
男の子相手に使っていい言葉なのか分からないけどそんな感じで、近寄りがたい訳ではないけど、反対に気軽に話をしようともならない。
遠くから見ているので十分なのだ。
それ以上は望まないし、これから望むこともない。
***
尾瀬くんが歌う私を見る機会は、案外すぐに来た。
前回出くわした場所は私鉄と地下鉄の乗り換え駅、その前の広場だった。高校の最寄り駅とは路線が違うので、知り合いに会うことはないと思っていたけど。
今日はその一つ隣の駅前の、大きな歩道橋でギターを抱えた。
いつもより少し暖かい、そんな夜。
あれからそんなに経っていなし、まさかもう会うことはないだろうと、そんな気持ちで歌っていると、駅とは反対方向から歩いてきた制服姿の男の子が私の前で足を止めた。
既に何人かは立ち止まって、温かい目で見守ってくれている中、足を止めた男の子——尾瀬くんはこっちが嬉しくなるくらい楽しそうに歌を聴いてくれた。
彼が来たと気付いた時は動揺して歌詞が飛びそうになったけど、そんな表情を見てるとすごく安心して、ちょっと泣きそうな不思議な感情に包まれながらギターの弦を弾いた。