ピエリスの旋律
「だって栞ちゃんのほっぺに、こう顔寄せてさぁ」
丸谷さんはいやらしい笑みを浮かべて、近くにいた佐々木さんの右頬に顔を寄せる。
それを「気持ち悪いよ」って、佐々木さんは笑顔のままやんわりと拒否していた。
丸谷さん、何かのコードに引っかかって転んでしまえ!
転んで痛い目見ろ!
「そ、それはその、キスとかじゃなくて、ただ話掛けられてただけです!やめてくださいよ、もう!」
あの時の尾瀬くんの近さを思い出してしまって、どんどん顔に熱が集まる。
キスなんかじゃない、全然。そんなのじゃない。
でもそんなこと言われたら、ますます変に意識してしまって顔は熱くなるばかり。
倉田さんが楽しそうに「顔赤いよ」って指摘してくる。
「あれが栞ちゃんの彼氏?」
「…彼氏じゃないですよ」
「じゃあ、好きな人か」
もう、ほんっとうにデリカシーないんだから、この人!
人の心を容赦なく読む倉田さんを、赤い顔のまま睨み付ける。
それにもまた、楽しそうに(馬鹿にしたように?)笑って済ませる彼。
「さっきエントランスで待ってたよ、彼」
「…え、うそ!先に帰ってって、そう言ったはずなのにっ」
「うん、嘘だよ」
…そろそろ、手出しても大丈夫か?
拳を握る手に精一杯の力を込める。
その勢いのまま、先ほどより3倍増しくらいの表情で倉田さんを睨み付けた。
さっきから私で遊んでばっかり。
こっちを指差しながら声を上げて笑っている丸谷さんと、口元を隠して笑いを噛み殺している佐々木さんも同罪ですからね?
「おー、こわこわ」
「誰のせいですか、もう…!!」