ピエリスの旋律

私の隣に立っていた尾瀬くんが、黙って教室に向かって歩き出す。
慌ててスマホを仕舞ってその背中を追うと、人混みは私達のために道を開ける。

だけど、その様子に好意なんて少しも感じられない。
生徒達の視線が、私を刺す。


早足で歩く尾瀬くんを追って小走りになりながら教室に入ると、黒板の辺りに多くの人が群がっているのが目に映った。
教室の一番前、その黒板に大きく書かれた文字に、私の歩みはぴたりと止まった。

唖然とするって、こういうことを言うんだろう。
私は黒板を見つめて、何の言葉も発することができない。


“萩原栞は芸能人を目指してる”
“私、歌手になりまーす!”
“お酒飲んでライブ出てます”


私が隠していたこと、事実とは異なること。他にもたくさん。
白いチョークで書かれたたくさんの文字で、黒板が埋まっている。
そのどれもが私を貶すような言葉。
悪意に満ちた、私を攻撃する言葉。

それとともに貼り出されている、大きく印刷された数枚の写真。
マイクの前でスポットライトを浴びながら、笑顔で歌っている私。
これは、昨日のライブだ。

なんで。
誰がこんな。

体の芯から、どんどんと心まで冷えていくような感覚がする。


教室の中からも、教室と廊下を隔てるガラス窓の向こうからも、はやし立てるような声と私の表情を確認するような目。
その中に私を揶揄する声も混じる。
眉をひそめて私を指差して、「本気で言ってんのかな」って笑ってる声が聞こえる。

私は教室の後方で一歩も動くことが出来ずに、呆然と立ち尽くしていた。


歌のこと、皆に

——知られちゃった…。

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