ピエリスの旋律


誰かに知られると、「すごい」に続いて出る言葉が「歌手になりたいの?」だった。
そういう時はだいたい皆笑ってる。

それが私を、嘲笑ってるかのように感じられた。


「俺はねぇ…、弁護士になりたんだ」

「え、?」

「笑う?」

「わ、笑わないよ…!」


私が慌てて答えたのを見て、彼はクスッと笑った。

弁護士になりたいなんて、初めて聞いた。
そんなの噂話でも回ってこなかった。


「同じだよ。萩原さんは俺の夢を笑わずに聞いてくれた。俺も萩原さんの夢を笑わない。なりたくもないもの目指したって、生きてるの億劫になるだけだよ」


ね?と優しく笑いかけるその言葉が私の中に入ってきて、心を優しく撫でてくれた。

弁護士なんてそんな立派な職業、私の夢と同じように扱ってもいいのだろうか、とも思うけど。
こんなに肯定的に、この話を聞いてくれた人は他にいただろうか。

いつ聞かれる、いつ笑われるってそう考えていたけど、いらぬ心配だったようだ。
この人は、私の予想を遥かに超える“良い人”だ。


「ありがとう」


振り絞っても、そんなありがちな言葉しか返せない私に、尾瀬くんは相変わらず笑いかけてくれる。


「萩原さんが大きいステージに立つの、楽しみにしてるね」


私を喜ばせることばかり言って、本当にズルい。
そのくせ、きっと自覚はないんだ。

良い人であって、ズルい男でもあるんだな。


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