桜の咲く頃
次の日、昨日と同じ時間に中庭を訪れると
言っていたとおり彼女はいた
「こんにちは、蕾ちゃん」
声をかけると読んでいた本に栞を挟んで閉じ
私に笑顔を向けてくれた
「こんにちは、幸枝さん」
若い女の子に自分の名前を呼ばれると
なんだかこそばゆい感覚がした
少し会話を交わすうちに
彼女がなぜ入院しているのか
だいたいは分かった
心臓の病気で
小さい頃は入院することも多く
生まれつき身体が弱かったそうだ
激しい運動も避けるよう言われ
友達と遊ぶことなんてほとんど無かったと
言っていた
体育はいつも見学
運動会も皆が楽しそうにしているのも
ただ眺めることしか出来なかった
今年からは高校に通える
そう思っていた一ヶ月ほど前
症状は悪化しだした
「これからだって時にまた入院生活に戻っちゃって、ショック受けちゃって…」
こんな話をする時でさえ
彼女は笑っていた
『強がらなくていいんだよ』
そう声をかけてあげれば良かった
でも私には出来なかった
簡単に言ってしまっていい事では無いと
そう思った
ここまで生きてきて
命の重みを知っているから
生と死をたくさん見てきたから
私なりに考え、選んだ結果が
言わないという選択肢
家族のこと
友達のこと
勉強のこと
いろんなことを
こんなおばあさんにも教えてくれた
そしてまた次の日も会いに行った
彼女はまたいて
30分ほど会話をして別れて
そしてまた次の日も会いに行った
だけど彼女はいなかった
この日を境に姿を見なくなってしまったのだ