桜の咲く頃
「今日もいないのね…」
最後に話してから三日がたった
毎日あの時間にあの場所へ行ってたが
今日も会えなかった
私の独り言は
あの子がいつも座るベンチに落ちる
体調が悪くなってしまったのかしら
それとも別の病院へ…?
考えはめぐるが
答えはわからずじまいで
少し彼女を待ってから部屋へ戻ることにした
どうやったらまた会えるかしら…
彼女を信じて待ち続けるべき?
でももう三日がたったわ
もう一度、会って話がしたい
そこで私は彼女を探そうと思い立った
部屋に戻るのをやめ、
病室をまわることにした
教えてもらった『蕾』という名前をめざして
病室の入口に書いてある
ネームプレートを見ながら歩きまわった
全部の病室をまわり終わる頃には
外はもう日が落ちてきていた
しかし
彼女の名前は見つけることは出来なかった
廊下の突き当たりの窓から
土手の桜を見た
端からオレンジに染まっていく空に
桃色の桜は
昼間に見るものとは別の顔をして
風に吹かれ、花びらを落としていた
もう散り始めてる桜もあるのね…
彼女との出会いも
季節が巡るのと一緒なのかもしれない
訪れを感じていると
すぐに去る準備が始まって
いつの間にか次がやって来る
春の桜のような…
そんな出会いだったのか…
「どうかされましたか?」
声がして振り返ると
若い女性の看護師が立っていた
その言葉が私に向けられているものとは
最初思わなかった
返事をしないでいると
不思議そうな顔をしながらも
笑顔で続けた
「何を見てたんですか?」
そう言って私の隣に立つと
さっきまで私が見ていた方向を見る
「ここからだと土手の桜が綺麗に見えますねぇ。桜、お好きなんですか?」
私の見ていたものが桜だと気づき
そんなことを聞いてきた
「桜は好きよ。でも、もう散ってしまうのかと思うと寂しいわ…」
思っていたことを言ってみると
彼女も共感するように頷いた
「桜と言えば…、桜の大好きな女の子がいたんですよ」
そういえば、蕾ちゃんも
桜が好きだった
「周りより花の数が少ない桜の木があるじゃないですか。えっと…あのベンチが近くにある桜です」
それを指さして私に教えてくれる彼女
指さす方向には
土手の桜の中で一番と言っていいほど
散り方が早い桜の木だった
あれは
さっき私が見ていた桜の木…
「その子、元気な時は朝起きるとあのベンチまで散歩していたんですよ」
なぜだろう…
私にはその子と蕾ちゃんを
どうしても重ねて思い浮かべてしまう
病院の中庭のベンチ
桜の木の下のベンチ
場所は違うのに
両方に蕾ちゃんがいる
「気分転換になっていたのか、帰ってくるといつも嬉しそうにしていたんです…」
しみじみと語る口調と
会話の途中で出てくる過去形の言葉達
『女の子がいた』
『散歩していた』
『嬉しそうにしていた』
私はそれは聞き逃さなかった
だから薄々気づいていた
その子が
もうここにいないことに…
「その子の名前って…、蕾ちゃんですか」
震える手を片方の手で強く握りながら
名前を尋ねていた
彼女は少し驚いた顔をした
でもすぐに続けた
「えぇ、そうです。知り合いでしたか?」
「最近知り合ったばかりで…。ここ何日か会ってなくてどうしてるかと思っていたんですよ…」
そこまで言い終わって彼女を見ると
少し顔を伏せていた
最後の期待がちょっとずつ
崩れていくようだった
顔をあげると
言いづらそうに、でも私の目を見て
話し出した
「蕾ちゃんは…」
あぁ、やっぱり…
「昨日の夜…」
そうだったんだね
「お亡くなりになりました」
蕾ちゃん…