一輪の花を君に。
「美空、食べよっか。」



「はい。」



返事はしたものの、全く食欲がわかない。




ずっと箸を持ったまま固まっていると、




「もしかして、食欲ないかな?」





と言って、千鶴先生は私の顔を覗き込んだ。




千鶴先生には、嘘はつけない。




私は、正直に頷いた。




「いつから、そんな感じだったの?」





いつもは、完食はできないけど半分は食べられる。




けど、ここ最近では1割くらいしか食べられなかった。




「美空?」





「千鶴先生…七瀬先生には、内緒にしててください。」





「え!七瀬先生にも、話してなかったの?」






「具合が悪いこと、七瀬先生に言ったら私の旅立ち先伸ばしされると思って…話せなくて…。」





「美空。」





私は、ただ施設に残ることが怖かったのかもしれない。





私だけ、皆と離れる。




忘れられる。





みんなといた10年間は、私にとって大切な思い出。





だから、皆とは離れたくない。




「美空。


でもさ?今は治療しないとまずいんじゃないのかな?具合も悪そうだし、しばらくはきっと入院になるでしょう?美空は、今ここでしっかり病気を良くして、また皆の元に帰ろう?同じ日に、旅立ちができなくても、退院と同時に、大翔達の家へ帰ればいいじゃない。」





「でも…。七瀬先生は、許してくれるかな?」





「あら、大丈夫よ。七瀬先生は、1番に美空の意思を優先する。美空の思いを尊重するに違いないわ。私も、サポートするから。ねっ?」





「千鶴先生…。」





「ほら。もう、そんな不安な顔しない。美空には、笑顔が1番だよ?」




千鶴先生の優しさに、笑みがこぼれる。




「そう、その笑顔。」




それから、千鶴先生はずっと私のそばにいてくれて、気づいたら、15時の診察の時間になっていた。





「はぁ…。」




やっぱり、診察の時間は1番憂鬱になる。




お昼も、残したしきっと先生がチェックしているんだろうな。





すると、先生はドアをノックして入ってきた。





「美空、診察の時間だよ。」





「…はい。」





この傷だらけの身体を、見せなくてはいけない。




いくら、服を浮かせるだけとはいっても、隙間から見えなければいいけど。





てか、その前に。この人に、触れられることが何よりも怖い。





大丈夫。



慣れるんだ、私。





「無理に、慣れようと思わなくていいんだよ?美空のペースでいいんだから。」





先生は、私の考えていたことを悟ったかのようにそう言っていた。




何?この人はエスパー?




随分、余裕がありそうだけど、医者なんて皆そうなのかな?




七瀬先生は、施設の職員とだけあって、私の診察には手を抜かなかった。




「だけど、怖くても胸の音だけは聞かさてね。1番、喘鳴が出ていないかが大切だから。ちょっと、触れるよ?」





千鶴先生が、後ろから肩を支えてくれていた。




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