一輪の花を君に。
ーside美空ー


重い瞼を開けると、見慣れた場所にいた。




いつ、帰ってきたんだろう。




身体を半分起こし、昨日の夜のことを必死に思い出す。




けど、記憶なんてなくて私は頭を抱え込んでしまった。





「何、朝から難しい顔してんの。」




「冷たい!」



頬に冷たい感覚がした。




「ずっと寝てたから、喉渇いただろうと思って。美空の好きな、オレンジジュースだよ。」




「香音、ありがとう。」





「いいよ。そんなことより、大丈夫なの?」





「え?」




「体調。ここ最近、夜の帰りも遅かったでしょう?どうしてそこまで、頑張るの?」




「…バイトのこと?」




「そう。ギターの。」




私が、歳を偽ってバイトをしていることを知っているのは、香音と七瀬先生、それから千鶴先生。




たまたま、3人にバレて見つかった。




でも、私は今バイトしている『海の家』だけでは、病気のことも過去も忘れられる。





ギターを弾いている時だけが、辛いことも忘れられる。



だからこそ、私は弾き語りライブとして、海の家でアルバイトを始めた。





皆に聞いてもらえる。




そう思うと、楽しくて辞められなくなっていた。




ちょうどいいのかもしれない。




治療費とか、生活費を稼ぐための手段にもなっているんだから。




「美空?」



「ごめんね、心配かけて。でも、私はギターを弾いている時だけは、色んな事を忘れられるの。だから、ギターのことはこのまま続けるつもり。」




「美空が、楽しいって思っているなら、私は何も言わないよ。けど、無理はして欲しくない。いくら、楽しくても自分の身体を大事にしてほしい。」





「…ありがとう。」




コンコン



「はい。」



「美空、体調大丈夫?」




どうやら、ドアを叩いたのは七瀬先生だった。




「大丈夫です。」




七瀬先生は、しばらく聴診をして私の表情を見てから、安心したように微笑んだ。





「喘鳴もないし、体調も良さそうだね。」





「昨日よりは。」




「先生?喘鳴って?」




香音がいたことをすっかり忘れていた七瀬先生は、いつもの診察のようにそう言葉にしていた。





「あ、ほら。昨日、咳がひどかったから、それで風邪が昨日より良くなったか、確認するためにそういう音がないか聴くのよ。」





七瀬先生のごまかしは苦しすぎる。




「ふふっ…!」





私は、思わず吹き出してしまった。




もう、ここまで来ると病気のことを話さざる負えない状況になる。





さすがに、もう話してもいいって私自身も思っている。




きっと、一緒に暮らすようになったら、バレることでもある。




それなら、今でもいいのかもしれない。
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