一輪の花を君に。
「あ、七瀬先生。」



美空が出て行ってから、すれ違いで七瀬先生が入ってきた。




「美空に、何を?」




「ちょっと、気になっていたんです。」




「何をですか?」




「話してて思ったんです。俺の問いかけにしても、七瀬先生と話す時も、美空の表情は何も変わらなかった…。」





「あの子は…。感情を表に出さなくなってしまったんです。よっぽどのことがない限り感情的になれなくなったんです。同い年の仲間でさえ美空はあまり感情を出してこなかった。それが私達大人なら、尚更隠され続けてきた。私も、初めてでした。美空があんなに、怒って部屋を出ていった所を見たのは。ここに来て初めてかも知れません。」




「それ、本当に言ってますか?」




「はい。」



冗談だろ?



本当にそうなら、美空はいつか壊れてしまうんじゃないのか?



「心に抑え込んだ感情は、何かの拍子で爆発します。他人や、ましては自分を傷つけたらどうするんですか?美空が、溜め込んだものを何かで補っていればいいんですけど…。」





「何か…とは。」




「今日、美空に好きなことはないか聞いたんです。でも、特にないと。それは、嘘だとは思いますけど。没頭できる何かがあればいいんですけど…。」




「ギター…」




「え?」




「あの子は、ギターが趣味なんです。」




「そうなんですか?」




「もしかして!」




七瀬先生は、そう言うと急いでコートを着てから、処置セットとブランケットを持って、部屋を出て行った。





「七瀬先生!?」




俺は、急いで七瀬先生の後を追いかけた。




七瀬先生が向かった先は、海岸だった。



海岸に向かうと、今にも消えてなくなりそうな小さい後ろ姿があった。




彼女の身体が小さいから、ギターがやけに大きく見える。




「美空!」




「何ですか?」




美空はまだ、さっきのことを怒っているみたいだった。





七瀬先生が呼んでくれても、中々こちらに来てくれない。




「美空、帰ろう?」




七瀬先生は、美空の手をそっと握るが美空はそれを思いっきり振り払っていた。




「七瀬先生、私はやっぱり無理だと思う。私の身体は、お父さんに傷つけられた。それが今でも残ってる。だから、反射的にこの人をお父さんと重ねてしまうの。頭では、大丈夫って分かってる。でも、私にはそこまで強い心はないよ。」
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