恋は質量保存の法則
第四話

「立花さん、ちょっと時間いい?」
 タイムスリップし藤崎律佳から旧姓の立花律佳(たちばなりつか)で呼ばれることに慣れだした一カ月後、帰宅途中の通学路で呼び止められ振り向く。そこには初恋の相手こと純平が立っており一瞬で体温が上昇する。一緒に隣を歩いていた那津も緊張しているようで純平への想いが容易に知れた。
「坂本君、何?」
「いや、ちょっと二人きりで話したいんだけど」
(えっ、なにこれ。もしかして告白フラグ立ってる?)
 困惑顔で純平を凝視していると隣の那津が口を開く。
「あっ、私、用事思い出したから先帰るね。じゃ!」
 ありきたりな嘘を吐いて小走りに去って行く後ろ姿を呆然と見つめる。
(気を利かせたつもりなんだろうけど、理由が安直すぎて嘘バレバレなんですけど……)
 黙って那津の背中を見つめていると純平が話を切り出す。
「歩きながらでいいから聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「ええ、大丈夫」
 緊張感を押し隠しながら通学路へ歩き出す。純平も平然とした表情で隣を歩いており、これから何を聞いてくるのかを心待ちにする。
(男子と通学路を一緒に歩く日が来るなんて、小学生の低学年以来だわ。しかもその相手が坂本君だなんて嬉し過ぎる。話がなんにせよこのチャンスは活かすべきだ)
 様々なパターンを予想しながら歩いていると純平は一言ポツリと漏らす。
「立花さん、凄いね」
「えっ?」
「前回の中間テスト二位だったって聞いたからさ」
(おお、予想通り。あの結果で坂本君に注視させることができたんだ!)
「ありがとう。でも一位は坂本君でしょ? 私なんかよりずっと凄いわ」
「そんなことない。それに、凄いって思うのはテストの結果だけじゃなくて最近の立花さんの言動かな」
「言動って?」
「一カ月くらい前だったかな? 髪型変えてきたくらいから雰囲気が違うなって感じてたんだ。前はよく喋って活発な感じだったけど今は冷静って言うか大人しいって言うか」
(当時の私って坂本君からそんなふうに見られていたのね。やっぱり女性ってお淑やかじゃないとダメなのかしら)
 おてんばな言動を省みつつ律佳は冷静に切り返す。
「髪型は確かに変えたけど中身は同じよ。至って普通の女子中学生」
「いや、そのセリフ自体が既に立花さんらしくないんだけどね」
「そうかしら? それより坂本君、話ってもしかしてこのこと?」
「それもある。けど、本題はここから。立花さん、質量保存の法則って知ってるよね?」
 遥か昔に習った法則名に記憶があり内心ホッとしながら答える。
「科学反応の前後において質量の総量は変わらないってヤツでしょ? 確か二年のとき習ったから覚えてる」
「うん、現代の科学ではそれは近似であって法則が成り立たないのは知ってる?」
「そこまでは知らない。私が知ってるのはあくまで教科書レベルだから」
「そうか、でも僕が今話した基本を理解してくれてたら構わないよ。詳しい話をしたって理解されないだろうし」
 遠回しに無知を指摘されたようで不機嫌になりそうになるが実際に知らないこともあり我慢する。密かに抱いていた愛の告白とは違い、難しい話になりそうで律佳は気を引き締める。
(ここで話についていけないと坂本君の気を引けない。頑張れ私!)
「それで、質量保存の法則が何?」
「前述言ったことと少し矛盾するけど、僕は地球レベルでの保存の法則が成り立っていると考えている。石油を消費すれば二酸化炭素等の他の物質に変化するが地球内という閉鎖空間での総量は変わっていない、と言った具合に」
「所謂ケーキを食べたらその分太るってヤツでしょ?」
「その通り。女子の天敵でもある脂肪に変化するのさ」
 純平は冗談を交じりの笑顔を見せ、律佳もつられて笑う。
「当然ながらもっと太古まで遡ってもその法則は成り立っていると僕は考えている。地球最初の生命体である単細胞がバクテリアに。爬虫類が恐竜に進化したりを繰り返し人間が誕生した。それは太古でも現代でも総量の範囲内で起こっていることなのだと」
 難しい話になることに危機感を覚えつつも、それをおくびにも出さずに聞き質問を投げかける。
「坂本君はなんでそう思うの?」
「それは僕がそう思えるような実体験をしたから。そこから導き出したのが、過去と未来の保存の法則。太古の地球も現代の地球も未来の地球も、形は違えど質量は同じってね」
 説明に首を傾げる律佳を見て純平は頬を掻く。
「極端な話で例えると太古の地球に恐竜が二体のみ居たとして、その質量の総量が百と仮定しとく。そして現代の地球で人類のみ二人が生存、その総量が百とする。総量が同じだから二つが釣り合いが取れてる状態だ。この状態で恐竜一匹、人間が一人亡くなった場合を考えると、総量が減るということもなく保存の法則ではやっぱり総量は百。亡くなり腐敗し人や恐竜という形を保てなくなったとしても、原子の種類が変化したに過ぎず地球上の原子の数は変わっていない。つまり、地球上の全ての生命が絶滅しても形が違っただけで質量は変わらない。故に当然ながら過去も現代も未来も、どんな歴史上の地点に居ようと地球上の質量は同じという結論」
「……意味はなんとなく分かる。それで坂本君は何が言いたいの? 遠回しにしないで話の核心を言って」
「分かった、つまり僕が何を言いたいかと言うと、タイムマシンで過去や未来へと人が行ったり来たりという話は、質量保存の法則からして成り立たないということだ」
 タイムマシンという単語を聞き律佳は心臓の鼓動が大きく鳴ったのを感じる。
(ひょっとして、坂本君。私のことに感づいている?)
 平静を装い黙って聞いていると純平は話を続ける。
「地球の原子総量が決まっている現状に、違う次元から人間や物体が飛んでくるなんて法則に反する。単純に法則が破られていたとして総量が変化していても確かめようもないことなんだろうけどね。ただ、この法則が近似とは言え有効性が高く今でも重宝されているのは確かで、先に挙げたタイムマシンは絶対にあり得ない」
「そうなんだ、タイムマシンってあり得ないんだね」
「うん、理論的、技術的に可能だとしても質量保存の法則からしてあり得ないと思う」
「私には難しい話ね。なんでこの話を私なんかに?」
「唯一理解してくれそうな気がしたんだ。多分、立花さんも僕と同じタイムストリッパーだと思ったから」


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