メガネの王子様
疲れちゃったんです
「では、明日の最終日、売り上げが更に伸びるよう頑張りましょう。お疲れさまでした。」
文化祭実行委員の桐生が皆んなの前で挨拶をした。
「お疲れー」「また明日〜」と言いながら皆んなが教室を出て行く。
同じ実行委員の私は桐生の隣にいたけど、気まずくて挨拶が終わるとすぐに陽葵の所へ移動した。
桐生とは健ちゃんのカーディガンを受け取ってから以降、一度も目も合わせてなければ喋ってもいない。
このまま距離を取れば、きっとこの想いは消えてくれるよね?
「萌香、帰らないの?」
「あ…うん。ちょっと用事があって…。ゴメン、先に帰ってて。」
「そっか、了解。じゃ、また明日ね。」
そう言って、手を振りながら陽葵は教室を出て行った。
私は手紙をカーディガンのポケットから出して、指定の場所を確認してから、またポケットに戻す。
ーーーさてと、では、行きますか。
私は足取り重く教室を出た。
なんだか最近、手紙をよく貰うよね?
まぁ、今回の手紙は前とはちょっと違うんだけど…。
指定された場所は屋上。
「今日は屋上に来るのって何回目だ?」と思いながら重たい扉を開けた。
昼間来た時は青い空が広がっていたが、今はとても綺麗なオレンジ色の空になっていた。
あ〜あ、こんな綺麗な空はゆっくりと落ち着いた気持ちで見たかったなぁ…。
私はそんなことを思いながら足を進めて行くと、見たことのある人達が待っていた。
「よく逃げずに1人で来たわね。褒めてあげる。」
その女の人は、長い茶髪を風になびかせ不敵な笑みを浮かべながら言った。
やっぱり…ボスキャラのリカさんだ。
あとの2人もあの時カフェにいた人達だね。
「何か私に用ですか?」
まぁ、だいたい分かるけど…。
「あんたさぁ、あんな格好で清宮くんを誘惑して恥ずかしくないの?彼氏いるんだよねぇ?色んな男にシッポ振りまくってバカじゃないのっ!」
桐生は彼氏じゃないし、あんな格好って言われてもコスプレ喫茶の衣装だし、しかも好きで着てたわけじゃないんだけど。
「別に誘惑なんてしてないです。」
「嘘ついてんじゃねーよっ!お前と清宮くんが屋上に行くのを見たんだよっ!マジでムカつくんだよっ‼︎」
バシッーーー
音と共に左の頬に鋭い痛みを感じる。
…痛い、いきなりビンタするなんて酷いな。
口の中に少しだけ鉄の味がしてきた。
ヤバ…唇噛んじゃった。
なんで、私がこんな目に合わなきゃいけないのよっ。
清宮先輩と付き合ってるわけでもないし、狙ってるわけでもないのにっ。
だんだん腹が立ってきた私は、リカさんを睨みつけた。
「なんだよ、その目はっ!」
私の反抗的な態度にキレたリカさんは、チャイナドレス用に、今朝、友達がしてくれたお団子頭をガシッと掴み思いっきり引っ張った。
「痛いっ⁉︎離してっ‼︎」
髪の毛が引きちぎれそうに痛い。
もう、嫌だっーーーーー
ーーーーーーーーーーーーー
そう思った瞬間、引っ張られていた髪がフッと緩まった。
そして背後から大きな何かに身体ごと包み込まれる。
「コイツに手を出すなっ!」
荒々しい声が屋上に響いた。
ーーーーーーーっ⁉︎
この声は……………
顔を見なくても分かる。
私の大好きな人の声ーーーーーー
「……桐生。」
「大丈夫か?神崎。」
眼鏡を外したイケメンバージョンの桐生が、とても心配そうに私の顔を覗き込む。
どうして、ここに居るのよ。
私のこと好きでも何でも無かったら、助けになんて来なくていいのにっ。
私は桐生の腕の中から逃げ出そうとするが、男の人の力には到底敵わない。
「大人しく守られてろよ。」
桐生の魅惑的な低音ボイスにドクンッと心臓が跳ね上がる。
もう、やめてよっ。
桐生のことなんて忘れたいんだから!
「ーーで?3対1だなんて卑怯なことしてますね、先輩。」
「な、な、何よっ///アンタには関係ないでしょっ!」
「関係ありますよ。前に言ったでしょ?俺、コイツの彼氏だって。」
「彼氏だったら、そのバカ女が他の男にちょっかい出さないように、ちゃんと見てなさいよっ!」
そう言い捨てて、リカさん達が逃げるようにこの場を去ろうとしたら、桐生が私からサッと離れリカさんの腕を掴んだ。
そして、顔をグッと近づけ
「俺の彼女のことバカ女扱いしないでくれる?
あと、今後、彼女になんかしたら、先輩の顔、原型が分からないようにしてあげるから覚悟しておいて。」
極上のスマイルでリカさんに言った。
リカさんは桐生の極上スマイルにやられたのか、怖くて泣きそうになったのか、顔を真っ赤にして屋上から逃げ去った。
あとの2人も慌てて追いかけて出て行き、ガチャン…と扉が閉まる。
屋上で必然と桐生と2人っきりになってしまった。
「なんで、あんたがここに来るよ。」
「こんなもの拾ったら、そりゃ来るだろ?」
桐生は手のひらを広げて中にあるものを見せた。
グチャグチャになった紙…
それは、紛れもなく私が持っている筈のリカさんからの手紙だった。
私は慌ててカーディガンのポケットの中を探る。
ーーーーー無い。
ポケットに戻したつもりだったのに、どうやら落としてしまっていたようだ。
バカだな…私。
これ以上、桐生と2人っきりで居たくなかった私は黙って屋上から出て行こうとした。
「待てよ。」
桐生に手首を掴まれ引き止められる。
「離して。」
お願いだから、もう、私に構わないでっ。
これ以上、桐生にドキドキしたくないのっ。
こんな気持ち、早く忘れてしまいたいの。
私の心の叫びは全く届かず、再び桐生の腕の中に取り込まれた。
ぎゅっと抱きしめられ、愛好と嫌悪が私の中で入り混じり、なんだか分からない感情となる。
「…血がでてる。」
桐生が私の唇を親指でそっとなぞりながら言った。
「触らないでっ!」
桐生の手を思いっきり払い除けたが、すぐに両手首を片手で掴まれ壁に押し当てられる。
「無理。」
そう言った桐生は、私の顎をもう片方の手で持ち上げ躊躇なく唇を奪った。
「んっ…っ…」
桐生のキスに翻弄されそうになったが…
「痛っ⁉︎」
私は精一杯の抵抗をした。
私が噛んだ桐生の唇から血が滲んでいる。
「そんなことしなくても、あんたの秘密は誰にも言わない。だから、もう、私に構わないでっ!」
両手首を解放された私は桐生を押し退けて、重い扉を勢いよく開け屋上から逃げ出した。
桐生のことなんて、すぐに忘れてやるんだからっ!