運命は硝子の道の先に

3 これは偶然、それとも


「このような事例があった場合、自分であればどう対処するか、できるだけ具体的に書くように。時間は五分。近くの人と話し合っても構わない。では、始め」

 合図と同時に講義室が一気に騒がしくなる。講義を受けている学生の大半は、与えられた五分を思考でなく無駄話に費やしているのだ。これが教師の卵だというのだから、全く大学は面白い。もちろん、皮肉だ。
 そういう私も、頭はすっかり昨日の出来事へと行ってしまっていた。隣の席に座る結衣(ゆい)は、私の顔を覗き込み、小さく首を傾げる。

「どうしたの、一花(いちか)」

「いや、二日酔いで頭が痛くて」

「やだ、惚気? 昨日は随分楽しみだったようで」

「違うよ。そんなんじゃない」

「そんなんじゃないって、どういうこと?」

 結衣は左手に持っていたシャープペンシンルを置いて、両手を組んだ。熱心に耳を傾けるときのその仕草に、私は思い切って話すことにした。

「昨日、蓮は来なかったの」

「来なかったって、」

「またドタキャン。きっと浮気相手の所に行ったの」

「また? これで何度目なの?」

「……五度目」

 ちょうど答えたところで教授がそばを通る。結衣がすかさずワークシートを持ち上げ、私は適当に意見を述べた。学校側が関係機関にどうたらこうたら、と。監視の目が通り過ぎると、結衣は身を乗り出し、追求を続ける。

「でも、昨日は記念日だったんでしょ」

「そう、しかも大事な大事な一周年の、ね」

「それって、……一花、大丈夫?」

 相変わらず真っ先に人を心配する。そんな結衣の言葉に癒されつつも、私の感情は収まりそうになかった。表面のプリントが所々掠れたシャープペンシルを勢い良く振り回す。

「今度こそ許すつもりはないから」

< 10 / 57 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop