運命は硝子の道の先に
動揺する声に気付いたのか、男はさっと振り返った。
「遅い。狸のくせに」
相も変わらず、片頬を上げたニヒルな笑い。
仁王立ちをし、私を待ち構えていたのは、あのバーの店員だった。
「どうして、ここに」
「一花? どうしたの」
激しく狼狽える様子を見た結衣は、男と私を見比べ、首を傾げた。
「あ、いや、ちょっと知り合いが来ててね。私に用があるって言ってたのに、忘れてたの!」
「……? そうなの。じゃあ私、先に行って席をとってるよ」
「あ、ありがと。ごめんね」
とってつけたような答えに一度は怪訝な表情をしたものの、男が待っていることもあってか、結衣はすんなりと引き下がった。颯爽と去っていく友人。あとに残された二人は、壁画の前でただただ佇む。男は自分からやってきたというのに、なかなか口を開かなかった。
……一体この人は何しに来たのか。結衣が待っているのだから、このまま聞かないわけにはいかないだろう。しばらく視線が行き交ったのち、私は自分から口火を切った。
「どうして、ここにいるの」
「どうして、って見ての通りだろ」
「見ての通りって……」
私は男の言うまま、その表情や服装といったものを観察した。
白シャツに洒落たネクタイ、黒いデニム、と男の服装は至ってシンプルだ。部屋での白いTシャツにグレーのスラックスという装いも実に素朴だったが、こちらの方がバーの店員と言われて納得できるものではある。表情は変わらず、生意気な笑みを浮かべているのだから、どうこう言っても仕方がない。
さて、この時間、この場所にいるということを考えてみると、この男は大学に全く関係ないとは考えにくい。何より先ほどの「遅い」という発言からしても、私を待っていたことは明らかだからだ。私がこの大学の学生だと知っているということは、大学で事務をしている人とも考えられるが。
夜にバーで働くような人だ。その可能性は排除してもいいだろう。
となると、つまりこの人は────
「ここの学生なの?」
「正解。意外に察しは良い方なんだな」
「意外とは何よ、意外とは」
腰に手を当て、大げさに感心した素振りを見せる男。昨日の怒りがまたふつふつと蘇ってくる。
「で、何の用なの」
「用があるのはお前だろ、清水(しみず)一花」