運命は硝子の道の先に
「……その言い方は、ずるいと思う」
抵抗も何も、私には意識がなかったのだ。
だが、意識を失った後のことは全く覚えていない。だから、どんな可能性も否定することはできない。何より、あのときの私は蓮にまた裏切られたことで正気を失っていた。だから、意識が飛ぶまで、自分の限界も考えずに飲んだのだ。あまりの寂しさに私から誘ったということも考えられる。
「でも、たかだかカード一枚のことでしょ。昨日のことも考慮して、それぐらい貸し借り無しにしてもいいんじゃない?」
「たかだか、ねえ。じゃあ、これ捨ててもいいのか」
男はカードの両端を持って、あらぬ方向に折り曲げようとする。私は男の腕を勢い良く叩くと、駄目だと必死に目で訴えた。
学生証は紛失すれば再発行すればよい。だが、その表面にはICチップが埋め込まれていて、学生証兼プリペイドカードとなっている。昼食や教材を購入するときに必要なのだ。今、失うわけにはいかない。
「分かった。私は何すればいいの?」
「おお、素直になったな」
「あなたが脅すからでしょ。本当に最低な男。一瞬でも良い人だと思ったのが馬鹿みたい」
「やっと気付いたのか、良い勉強になっただろ」
「……五月蝿い。とりあえず何してほしいのか聞くけど、内容によっては断るわよ」
「借りがある分際で偉そうなやつだ。お前は借りが一つだとでも思ってるのか」
「え、カードを届けてくれた以外に何かあるの?」
如何にも、と男は頷く。その意地の悪い表情に、私は昨日の出来事を振り返り始めた。私は他に何か失態を犯してしまっただろうか。
「気付いてないなら言うが、昨日の飲み代は誰が払ったと思っている」
「……あ」
「そう、俺だ。意識失ったお前を気遣う素振りを見せただけでなく、金まで払ったんだ。当然の要求だと思うが」
「だったら、お金を払えばいいんでしょ。ついでにカードを届けてくれた分も」
「いや、金はいらない」
「え? じゃあ、私に一体何をしてほしいの?」
その問いに、男はすっと目を細める。私の身体を頭の先から足先まで値踏みをするような瞳で見ると、カードを持っていた腕を下ろした。
「またバーに飲みに来いよ」