運命は硝子の道の先に
4 偽りの言葉
「いらっしゃいませ、お好きな席をどうぞ」
通りの悪い、低く小さな声。薄暗い店内で私を迎えたのは、あの男ではなかった。
同じく黒のプレーントゥに、エプロン、白シャツという出で立ちだったが、靴には所々傷があり、シャツは少しよれていた。全体的に野暮ったい男だ。
私は前回同様カウンター前の席を選び、固めのバースツールへと腰を下ろす。本日は何にしますか、という店員の声に、適当におすすめを、と答えた。店員は一瞬戸惑いを見せたが、すぐにカクテルを作り始めた。
手際は良かった。この前の男よりも多少ぎこちないものの、シェーカーを振る動作もサイダーを注ぐ丁寧さも、この店員が長く働き、腕を上げてきたことを思わせる。
「はい、どうぞ。アプリコットフィズです」
コースターとともに置かれたタンブラーには琥珀色に輝く液体がなみなみと注がれていた。グラスの縁に乗せられたレモンが何とも可愛らしい。これもまた初めて聞く名前だった。
目の前にカクテルを置かれ、普通ならすぐ飲むべきなのだろう。だが、私には気にかかることがあった。
カウンター席を見渡すと、探していた人は数メートルも離れていないところに。あの男はカウンター席の端に座る女性と談笑をしていた。品のいい、シルクのロングドレス。確か前回も来ていた女性だ。
「もしかして、ヒロに会いたくて来たの?」
向かいから声が掛かる。そのフランクさに思わず耳を疑った。
「はい。……あ、いえ、正確には違います。脅されて来たんですから」
「脅されて?」
野暮ったい店員は、眉間に皺を寄せ、不快な感情を露わにした。
よく見れば、この店員も同年代の人だ。短い黒髪に力強い目元、厚めの唇が顔をより凛々しく見せる。声や服装からして垢抜けない人だと思っていたが、顔つきはいかにも好青年で私は驚きを隠せない。
「いや、脅されて、というより、あの人の交換条件に従っただけで」
一応は同僚、同じ職場に勤める仲間なのだ。悪口や評判を落とすような発言は良くない。慌てて訂正するが、店員の疑いの目は既にあの男へと向けられていた。
そもそも、何故私があの男をかばわなければならないのだ。あんなに横暴で自己中心的で、紳士のしの字も持ち合わせていない男を。
「交換条件って聞こえはいいけど、やっぱりただの脅しだよ」
「そう、ですよね」
「ヒロのそういうところは前々から良くないと思ってたけど」
先ほどから聞くに、どうやらあの男はヒロというらしい。そして、この目の前の店員も随分仲の良い間柄だと見受けられるから、単なる同僚ではなさそうだ。
「あいつに騙される女が可哀相だ」