運命は硝子の道の先に
「だま、される……?」
「そう。ヒロはあの笑顔と言葉で女性を操るんだよ。ときに惚れさせ、ときに嫌われるよう。その巧みさから、ここで長く雇われ、女性客の相手をさせられてるんだ。そうして女性をこの店の常連にし、厄介であれば後腐れのないよう追い払っているんだよ」
「そ、そんなことが」
私はカウンターの端で笑うヒロを見た。話を聞きながら、女性の方に手を伸ばす。ゴミが付いていると言い、髪を優しく撫でたのだ。見たところ二十代後半と思われる女性が頰を赤く染め、感謝の意を述べる。その様子にヒロは満足げに頷いた。
あれが、全て演技だというの……? あの笑顔も言葉も偽りだと?
だが、私はその答えを知っていた。たった五日前に見たばかりだった。
『お前の前で見せた笑顔も態度も言葉も、全部店用の作り物。つまり嘘ってこと』
『だいたいお前が優しい人だ、気配りもできる人だと思ったのは今のこの俺と同じやつなんだぞ。少し甘い言葉と態度で、笑顔を見せればすぐ落ちる』
愚かな女を嘲るような笑顔。私を勢い良く貫いた言葉の数々が脳裏に蘇る。そこから察するに、やはりヒロという男は偽りの笑顔と言葉で女性を騙してきたのだろう。
「やっぱり、最低」
目の前のグラスを乱暴に掴むと、私は液体を喉に流し込んだ。どういうことか、ここでは良いお酒が飲めないようだ。いや、ここ最近気分良く飲めていないだけかもしれない。蓮のことといい、あの男のことといい、とにかく悪いこと続きなのだ。
「君も騙された一人?」
無遠慮にも尋ねる店員。
だが、腹が立っている今なら気にならない。寧ろ全部吐き出してしまいたいくらいだ。
「そう思われても当然なことがありました。でも、騙されたことに気付けたことは幸いかもしれません。もうあの男とも、この店とも関わることはありませんから」
偽物の運命なんかに引っ掛かってやるもんか。
ぐいとグラスを傾けて、甘ったるいお酒を飲み干す。店員は白いおしぼりを畳みながら、こちらを見るともなく見て、ふとその動きを止めた。値踏みするような瞳。あの男、ヒロが見せた目と同じだ。
「何か、付いてますか」
「いや、今日はシンプルな服装なんだなあって。この前は、ほら、黒いドレスだったでしょ」
ああ、それで。
大学での服装があまりにも違っていたから、ヒロは舐め回すような瞳で私を見つめていたのだ。大学のための服も、今の装いも、あの日とは違い、ボーダーのTシャツにインディゴブルーのデニムと、実にカジュアルなものだ。
「こっちの方が似合うでしょ。飾り気が無くて、地味で」