運命は硝子の道の先に
「そうだね、俺はごちゃごちゃ着飾らない方が良いと思うよ」
「それは一般的ではなく個人的な意見として、ですか」
「もちろん」
着飾っていないのはあなたの発言でしょ、と言いたいくらいの物言い。つまり私にシックなドレスは似合わないということだ。ここはお世辞でも、どんな服でも似合うよ、と言って欲しかった。だが、この店員はそういう嘘のないところが良いのかもしれない。
「それに……」
店員はカウンター端で笑う男を一瞥し、こう続けた。
「ここに来るなら、あまり着飾らない方が良い。あいつの標的になるから」
「……どうしてですか」
「漂う哀愁、傷付いた心。いかにも付け入りやすい女性の特徴を君ももっている。それで容姿も服装も綺麗だったら、間違いなく通って欲しい客の一人として選ばれてしまうだろう。それなりにお金を落としてくれそうだし、お酒を飲む姿は店の印象を良くしてくれるからね」
「そんな項目でお客様を選定してるんですか」
「俺は違う。けど、ヒロならそうするよ」
もちろん、店のためにね。そう付け足すと、店員は次に何を飲むか聞いてきた。私は迷わず強いものを頼む。それが面白かったのか、店員は目を細めながら、甘いのがいいか、辛いのがいいか尋ねてきた。もちろん後者を選ぶ。こんな夜に甘いお酒は似合わない。
そうして数杯のグラスを傾け、その合間に店員と様々な話をした。
普段の生活、休日の過ごし方、マイペースな友人の話に恋愛の話。話が進むにつれて、目の前の店員のことも分かってきた。歳は私の一つ上の二十一歳。犬が好きで、休日は公園でボール遊びをしているのだとか。アルバイトはこのバーが初めてで、友人に連れられて働き始めたらしいが、友人の方が先に辞めてしまったのだという。
そして肝心の名前だが、店では明かさないようにしていると、本名を口にすることはなかった。ただ、ここではアキと呼ばれている、と。このバーでは皆、店長に愛称を付けられるという。何とも仲の良い職場ではないか。
色々話す中で、アキが一番気になったのは、やはり恋愛だった。
「へえ、毎週金曜日に」
「そう、金曜日に会うことにしているんです。蓮は社会人で休日出勤も多いですから。まあ、このご時世、残業に休日返上の出勤も珍しくはありませんけどね」
「確かにね。俺の兄もそんな感じだから分かるよ」
「だけどこの前は日曜日が記念日で、彼がイタリアンに連れて行ってくれると言うから、いつも以上に服装に気を使っていたんですけど。見事にドタキャンされちゃって。それでこのバーに足を運んだんです」
「そうだったんだ……」
アキは相槌をいれながら、新しいグラスをコースターとともに置く。
もう何杯目か分からない酒に、朦朧としてくる意識。危ない、これ以上は、と思いつつも酒も口も止まらない。全部話して、お酒で忘れてしまいたかった。
最悪な記念日も、最悪なあの男のことも。