運命は硝子の道の先に
翌日は随分湿っぽい朝だった。もうすぐ梅雨入りとあってか、空には重く雲が立ち込めている。
早歩きで講義棟に向かう道すがら、私は見知った背中を見つけた。細い身体にしては、広くがっちりとした背中。ヒロだ。自動販売機にお金を入れ、目を細めて狙いを定めている。しばらく考えると、上から二段目のボタンを押した。
「へえ、キャラメルラテなんて。女子みたい」
「何だ、お前か。……言っとくが、美味しいものには性差も国境も無い」
「はいはい。ヒロちゃんは甘いものがちゅきなのねえ」
「てめ、からかってんじゃねえぞ」
ヒロは缶を片手に、私の頭を乱暴に撫でる。おかげでセットしたはずの髪が乱れてしまった。悪態をつきつつ、髪を整える私。ヒロは缶を開けて、豪快に一口。ごくりと喉を鳴らした。
紺のシャツに白いデニム。今日もヒロはシンプルな出で立ちだ。
それにしても何故、この学部の講義棟の前にいるのだろう。もしかして同じ学部なのだろうか。
「違う。今日はたまたまこっちに用があったんだ」
「えっ、今の口に出てた?」
「お前の考えてることくらい分かる。単純だからな」
「ま、また単純って、私はそんな単純な人間じゃありません」
「じゃあ、何だ。複雑でセンチメンタルな乙女だとでも言いたいのか」
「それは、違うけど……」
ヒロはそうだろう、と頷く。続けて、お前の服装は、その髪型は、と言い始めたので、さすがに我慢ならず、向こう脛を蹴り飛ばした。講義棟前に叫び声が響き渡る。涙目になりながら、抗議するヒロ。それを横目に向こうの階段に目をやった。この前、ヒロが立っていた階段だ。
寝ぼけ眼。しかし、しっかりと巻かれた髪を揺らし、結衣は歩いていた。袖にボリュームのある白シャツに花柄のスカート、と女子大生の鑑のような服装。ヌーディなヒールがきらりと光る。
「おはよう、一花。あれ、この間の」
「あ、どうも。ヒロといいます」
結衣を目にした途端、ヒロの目が変わった。それはそうだろう。結衣は私と一緒にいるのが不思議なくらい、可愛い子なのだ。結衣はヒロに頭を下げると、小さく首を傾げた。
「ヒロさん、ですか。この間もここにいましたよね。一花とはどういう間柄で?」
「まあ、間柄というほどの関係はないですけど。変な縁があって」
「縁ですか。とっても気になりますけど、……その辺りは一花に聞きます。一花、あと五分で講義が始まるよ」
「わっ、本当だ。もう行かないと」
先に行くね、と颯爽と歩いていく結衣。その背を追うために、私はヒロと向き合う。ヒロはキャラメルラテをまた飲んで、俺にはまだ時間があるからと言った。
「じゃあ、私は行くね」
「おう、また店でな」
「うん、またお店で」
互いに振る手は何度目か。送り出す表情はもう見慣れたものだった。