運命は硝子の道の先に
「仲が良いんだね、ヒロさんと」
「いや、仲良くはないけど、最近は顔を合わせることが多いから」
騒音に満ちた講義室。講義前の大学生は友人と課題を見せ合ったり、昨日のアニメの感想を語り合ったり。お一人様の隣だけ、冷たい風が吹いている。結衣に声を掛けてもらうまでは、私のそばにもあの風が吹いていた。
「そんなこと言って、実は気になってるんでしょ」
「な、そんな訳ない。だって、あいつは」
私を抱いたんだから、とも言えず口ごもる。
結衣にはあの夜の出来事の一部しか話していなかった。何となく後ろめたかったのだ、他の男に抱かれたという事実が。結衣は如何にもな外見をしているというのに浮いた話の一つも聞かない、清廉潔白な子だ。耳に入れるのも恐ろしかった。
「ただの知り合いなら別にいいけど。知り合いと言うには深い仲に見えた」
「そんな、私たちは深い仲じゃ……」
「責めてる訳じゃないけど、蓮さんとの関係もどっちつかずな今、他の男の子と仲良くなるのはどうかと思うよ。まあ、蓮さんは口出しできる立場じゃないと思うけど。それでも、一花がもしそういう気持ちを少しでももっているなら、区切りをつけた方が良い」
近くの席に鞄を下ろすと、結衣はその一つ向こうの席に座る。そして、鞄を奥に移した。三席一組の椅子のときに、結衣がいつもやっている動作だ。他の人には当たり前の動きなのかもしれないが、私にはそれが特別に見える。私の隣は貴女だよ、と言われているようで。何となくむず痒いような。
結衣はいつでも隣で話を聞いてくれる。そして、真っ直ぐな言葉を投げ掛ける。
決して上からではない。私の味方として、親友としての言葉だ。
はぐらかして答えることは、できない。
「ヒロに気持ちはない。男としても見てないよ。でも、蓮との関係に迷いがあるのは確か。このまま続いたとしても、二人に進展はないだろうし、何より蓮に対する信頼がないのに関係を続けるという事実に私は耐えられない。だから、もう区切りを付けたいと思ってる」
これが嘘のない、私の答えだった。
結衣はそっか、と一言。それだったら、もう何も言わないよ、と。
その後は決してそれ以上追求することはせず、たわいも無い話を私に振った。何事も無かったように笑う結衣。その笑顔が何よりも嬉しかった。その心が何よりも貴重なものに感じられた。