運命は硝子の道の先に
2 突然の雨
「それで、その日のうちに二人は連絡先を交換したのか」
「ううん、そんな勇気はなかったんだけど。その頃私は受験生で、うちに来た家庭教師がなんと、」
「その男だったって訳か」
それが運命だと信じるとは、やっぱりお前はセンチメンタルかもな。そう言って笑う向かいの店員に、私はおしぼりを投げつけた。ヒロはそれを受け止め、丁寧に畳み直す。まったく、どこまでも腹立たしい男だ。
金曜日、仕事終わりの社会人が表通りの居酒屋に足を運ぶ頃。大学生の私はいそいそと裏通り、まだ開店の時間には早い店々の前を過ぎて、「fato」へと入った。今日は月末も近いとあって、客の入りも良い。数名の女性客が奥のテーブルを使い、あとはカウンター席で強めの一杯を煽っていた。
私の前にはやけに機嫌の良いヒロが。たまにアキが話の合間に入ってくるが、客の対応に追われているらしい。グラス片手に、途中で遠ざかることも度々だった。今日は女性客の対応をしないのか、ヒロだけがずっと向かいに立っている。
「とにかく、私は未成年で、蓮は就活中の大学院生。仮に運命だったとしても不用意に近付くことはできない。おまけに蓮は雇われ教師だったから、高校時代は関係が進むことはなかったんだけどね」
「この前が一周年、てことは一年越しの恋か。よく耐えたな」
「互いに恋心があることは分かってたからね。毎週のように会って、話して、勉強を教えてもらって。全く辛いことはなかった。寧ろ楽しかったかもしれない、少しずつ知り合って、探り合って」
「良いように聞こえるが、実際は悪い男に捕まって、今になって苦しんでるだけだからな」
「うるさいなあ。もし未来が見えてたなら、あのときに引き返してるよ」
乱暴に言い放ち、お酒をぐっと流し込む。ヒロはペース配分に気を付けろよ、と溜め息まじりの忠告。ミネラルウォーターをくれた日から、酒量についての注意は何度となくされていた。
未来が見えていたら、本当に引き返しただろうか。
お酒が胃に染み込むのを感じつつ、私はぼんやりと考える。例え、蓮に裏切られると知っていても、私はきっと彼を選ぶのだろう。それほどまでに陶酔していた。それを運命と信じていた。
「……馬鹿だな、私」
もうきっと迷わない。次に会ったとき、それが私たちの最後。蓮とお別れ、するんだ。
私には支えてくれる人がいる。結衣も、アキも、そして────
「やっと気付いたか、自分のどうしようもない愚かさに」
「ちょっと、そこまでは言ってないよ」
この人は駄目だ。
本当に無礼で、無遠慮で、生意気で。だけど────
意地悪だけど、ひねくれているけれど。笑いながら、ときにからかいながら、結果的に私を元気付けてくれる。この人がいるから、今の私は笑っていられるのかもしれない。近頃はそう思えるようになっていた。出会い方はともかく、ヒロの言葉に、笑顔に救われているのだ。
私は誰かのおかげで、誰かのために、前に進める。