運命は硝子の道の先に

 空になったグラスを目にし、ヒロはまだ飲むのかと問う。私はもう一杯だけと人差し指を立てた。

「じゃあ、一杯だけな。何にする」

「おすすめは大体飲んだしなあ。……あ、あれはどう」

 ちょうど目に入ったタンブラー。アキが向かいの客に差し出した、薄黄色の液体に視線を向けた。眉根を寄せるヒロ。どうやら薦めたくはないらしい。駄目だ、ときっぱり断った。

「どうして。お客様の注文よ、言う通りにしなさい」

「いくらお客様の注文でも承服できないことはある。だってあれは、」

「いいから、あれちょうだい」

「……分かったよ」

 ヒロは少し恨みがましげにこちらを見ると、カウンターに背を向けた。
 手元は隠れているが、タンブラーに数種類の液体を入れ、軽くかき混ぜたのだろう。その行動を二度繰り返すとカウンターテーブルに置いた。コースターも忘れてはいない。
 グラスを持つと、丸い氷がくるりと回る。まるで小さな惑星のよう。それが薄黄色の液体の中で、仄暗いバーの照明に当てられて煌めく。非常にシンプルかつ美しいカクテルだ。
 だが、その味は────

「つ、強い」

「だから薦めなかったのに。人の言葉には素直に従えよ」

「信じてはいけないって教えたのは誰だと」

 ウイスキーだろうか。とにかく度数の高いお酒に、他のお酒も混ざっているようで。今まで口にしたものの中でも特に危険度が高い部類に入る代物だ。辛口で、比較的さっぱりとした味わいだが。

「飲めないなら無理するなよ」

「う、これは確かにキツい。でも飲みたいもん」

「もん、て歳でもな……お、おい」

 一口啜る度に、レモンの風味が広がる。喉を通過する炭酸も爽やか。それに、ほのかな甘みもあるではないか。これは、このお酒は……

「美味しい! これは美味しいお酒だあ」

「おい、酔ってないか」

「断じて酔ってはいない!」

「いい加減なところでやめとけよ」

「やめない! それに丸氷の入ったお酒は早めに飲むのがベスト!」

「無駄に博識で腹立つな。て、一気飲みはやめとけ!」

 ヒロの制止も空しく、私のグラスは勢い良く傾く。半透明の液体はみるみるうちに胃の中に吸い込まれていった。ただし、その日の私は無敵。ヒロがすかさず差し出したお冷によって、何とか意識だけは保たれたのである。

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