運命は硝子の道の先に
「迷惑って」
荒っぽい言い方。でも、どこか温かみを感じる。
ヒロは私の手に傘を握らせると、バーに戻ろうとした。
「でも、これがないとヒロも帰れないんじゃないの」
「俺は濡れても平気だから」
「それじゃヒロが風邪引いちゃうよ」
言葉と一緒に右手を突き出す。ヒロだけを隠した傘は、私の肩に雫を落とし、服は瞬く間に湿り気を帯びた。ヒロは慌てて傘を握り、私を引き寄せる。ぐっと縮まる、二人の距離。
ほんの少し雨に当たっただけで互いの髪は随分濡れてしまった。アッシュブラウンの髪は頰に張り付き、その瞳は戸惑いに揺れている。どうすれば良いのか、答えも出ないまま数秒間。目配せをして頃合いを図ったかのように、ヒロは切り出した。
「じゃあ、俺の家に行くか」
「……は?」
「このままこうしてても、どうにもならない。だから取り敢えず俺の家に避難すれば、」
「何その、ナンパ男の誘い文句みたいな」
「どうしようもないだろ。じゃあお前、ここからタクシーでも拾うのかよ」
「そ、れはお金が」
「だろ。勿体無いし、無駄に高いんだから。だったら俺の家で雨宿りして帰ればいい。俺は朝の五時までシフトが入ってるからどうせ家にはいないし、寝ててもいいよ。それでもし、まだ雨が降っているようだったら、俺の家に予備の傘があるから。それ持ってこっちのバーまで来てから帰れば、俺もお前も大助かりって算段だ」
ヒロは、名案だろ、と自慢げな表情。胸まで反らせて、白シャツの生地がぴんと張る。
だが、私には一つ気になることが。
「だったら、ヒロの傘貸してよ。家まで行って、取って、ここに戻ってくるから」
「それができたらいいんだけどな」
「できないの?」
目線はつつつ、と下へ。バーゲンセールで買った花柄のスカートからふくらはぎ、足元にまで下りていく。
「ヒールで家まで走って、駅までまたヒールで走るのか。終電まで時間ないぞ。全力疾走もできないし、下手したら足痛めるぞ」
「う、それだけは」
だんだんと強くなる雨脚。傘から滴った雫が、エナメルのヒールの上で跳ねる。
眉尻を下げる私とは一方的に、ヒロの唇はにやりと上がった。