運命は硝子の道の先に
Ⅲ 弱くない
1 予期せぬ誤解
鏡に映る自分は美しく見えるという。
他者から予期せぬ瞬間を切り取られる写真とは違って、鏡の前では自分がより格好良く、美しく見える角度を取るためだと言われている。
だが、今の私は少しも美しくはない。
頰は青白く、瞳は戸惑いに揺れて。何かに怯えているような顔付きだ。
どうしてこうなってしまったのか。必死に考えても答えは出ない。
ただ、一つだけ分かっていることがある。
私はあの人と同じ罪を犯した。しかも、自分から望んで────
この事実からは逃れようもなかった。
ハンドルを捻り、シャワーを止める。狭い浴室だが、掃除が行き届いていて、鏡までピカピカだ。しかし、ボデイーソープのボトルだけは中身が入っておらず、そばにケースに入れられた石鹸が乱雑に置かれている。何ともヒロらしい。
私は髪にたっぷりと含まれた水分を絞ると、濡れた床に足を取られないよう脱衣所を目指した。
脱衣所の端に置かれた洗濯機の上には、いつの間にか服が用意されていた。よく見れば、数週間前に着たはずのTシャツとジャージ。店への訪れが三度目、四度目にもなろうかという日に返したのだが、そのままそっくり置かれている。
これを見ると、様々なことが頭を過ぎり、更に複雑な気分になる。
そのことを彼は知っているのだろうか。
ゆっくり袖に腕を通し、最後にタオルで軽く頭を拭う。肩に、服に、首筋に飛び散る雫。それに構うことなく、ヒロが待つ部屋へと足を進めた。
「遅い」
「……女の子としては、平均タイム」
「女の子、ねえ」
「何よ」
「いや、何でも」
嫌みたらしい顔で答えるヒロ。どうやら濡れた身体で寝転がることもできず、カーペットの上に座って待っていたようだ。右手に持ったスマートフォンをベッドに置くと、素早く立ち上がった。そのまま脇をすり抜け、脱衣所へと向かう。私は何となくその背中に声を掛けた。
「お風呂、先に借りて、ごめん」
「いいよ。一応これでも紳士ですから、レディーを冷たい身体のままにはしておけません」
ヒロは仰々しく右手を後ろに回し、左手を胸に頭を下げた。西洋で、執事がご主人様に敬意を払うときの動作だ。そのふざけた振る舞いに答える代わりにタオルを構えると、ヒロは両手を挙げて走り去ってしまった。
勢いよく閉まるドア。後に残された私は、することもなくカーペットに座り込む。
床には一枚のバスタオルが。先ほど二人の濡れた頭と服を拭いたものだ。
私はそれを眺めながら、溜め息一つ。そのまま重い空気の中に沈んでしまいそうだった。