運命は硝子の道の先に

 耳を澄ませば、遠くにシャワーの音が聞こえる。

「……あの夜みたい」

 知らないベッドの上で目を覚ましたあの夜。
 信頼した店員の本性、名前も知らぬ男との関係。まさに衝撃の連続だった。
 今も今とて複雑だ。別れようと思えばいつでもそうできたのに、ズルズルと引きずって。おまけに他の男に抱かれて、その上相手からのキスも受け入れて。
 私は一体何がしたかったのだろう。

『そんなこと言って、実は気になってるんでしょ』

 ふと、結衣の言葉が脳裏に蘇る。
 あのときは否定したけれど、ヒロに対して、本当に、一ミリも気がないと言い切れるのだろうか。
 最初は優しい店員に絆されただけ、異性としての感情なんて無いと思っていた。
 だが、今は違う。私はもう知ってしまったのだ。
 自分の本能を。彼を受け入れたいという心を。

「でも、あんなやつ好きなわけない」

 頑なに首を振る私に、静かに問う声がする。
 本当にそう? 受け入れれば楽になるよ?
 酷く甘い、その声は結衣の声にも、自分自身の声にも似ていた。
 私は思わず頭を抱え込んだ。もうこれ以上考えるのも嫌だった。
 だが、事はそう上手くは進まない。
 思考にも心にも蓋をしようとした私を追い詰めるように、チャイムが鳴り響く。
 それは、ヒロの部屋のチャイム。誰かの訪問を告げていた。

「……誰?」

 立ち上がり、部屋にあるインターフォンの画面を覗き込む。
 時刻は午前六時過ぎ。
 外は降り続く雨に薄暗く、ドアの前に立つ人物のシルエットをぼんやりとしか浮かび上がらせない。
 それでも、見知ったその人を判別するには十分だった。
 私は急ぎ足で部屋を出る。そして、玄関に脱ぎ捨てたヒールを踏みつけるようにして、扉を開けた。
 そこにいたのは、ずぶ濡れの傘を携えた、白シャツ姿の男。
 いつもの優しさと憂いを湛えた瞳が、今はこちらを訝しげに見つめている。

「どうして、ここに」

「アキ……」

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