運命は硝子の道の先に

 驚き、というよりも悲しみに近い。
 アキは少しも視線を動かすことなく、もう一度尋ねた。

「どうして一花がここに、しかもそんな姿で」

「……っ」

 言われて改めて、自分の姿を見る。
 濡れた髪にみっともない素顔。男物のシャツの襟元にはだらりとタオルが掛かっている。
 これは、勘違いされても仕方がない。

「違いますよ。誤解です、私はただ、」

「……一花は違うと思ってたよ」

 慌てて誤解を解こうとする私に、アキはそう言い放つ。
 それは独り言のようだった。誰に対するものでもない、ただ口から零れてしまっただけの。

「……違います」

「ヒロが気になっていることは知ってた。彼と別れたいと思ってることも。なかなか踏み出せない、今の関係を変えたくない気持ちがあるってことも分かってた。だけど、どこかで信じてたよ。一花は違うって。他の女の子とは違う、簡単に流されたりしないって」

「私、流されてなんか」

「流されてるよ。だから、ヒロと、」

「違います、私、」

「君はヒロに流されている、甘えている。彼に傷つけられて弱っているから頼っているんだ。そうすれば、自分と向き合わないで済む。今が楽しければ、悲しいことを考えなくてもいいから」

「……違う」

「そのままじゃ駄目だ。駄目だよ、一花。立ち止まってもいい。逃げてもいい。でも彼と同じことをして、自分の身を落とすようなこと、」

「違うって言ってるでしょ!」

 わん、と声が雨空に響いた。
 アキの言葉を止めるだけのつもりだったのに。
 ただ、その口を塞げれば良かったのに。
 真っ直ぐだったアキの目が少しだけ揺らいだ気がした。

 ────私は一体、誰を止めたかったのだろう。
 塞ぎたかったのは、自分の耳だったんじゃないの?

 アキは勘違いをしている。それは分かっていた。
 でも、その言葉は余りにも鋭くて、美し過ぎた。
 私は確かに流されている、甘えている。目の前にある事実に、自分に向き合いたくないから。
 それを真っ直ぐに見つめられるなら、今ここに、こんな気持ちで立っていないはずだ。
 本当はずっと前から気付いていたのだ、自分がヒロという存在に頼っているということに。
 私は自分が思っている以上に、弱い。

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