運命は硝子の道の先に

2 この人しか


 部屋を飛び出しのは、それから五分もしないうちのことだった。

 ヒールを履いていることも、傘を差していないことも忘れて、ただただ夢中で走った。雨に濡れる肩先、水分を吸って重くなるジャージ。足を上げるたびにぶつかる鞄の感触さえ気にならなかった。
 駅に着いたときには全身ずぶ濡れで、酷い有様だったけれども、とにかく身を小さくして電車に乗り込んだ。
 日曜日、早朝の電車は驚くほど空いていて、それすら見慣れた光景なのだから田舎とは恐ろしい。だが、そのおかげで人々の冷たい視線を避けられたのだから感謝しなければ。
 アナウンス以外は物音も殆ど無い車内。揺れるリズムに身を任せ、私は次第に意識を深く沈め始めた。





「……か、ちか、一花」

「……ん、誰」

「良かった、目が覚めて」

 ……いつの間にか眠ってしまったのだろうか。
 そうとすれば、まだ電車の中か。
 肩を揺らす感触に薄く目を開けると、そこには見慣れた、だがしばらくぶりの顔があった。

「れ……ん?」

「部屋の鍵開けっ放しだし、服濡れたまま寝てるし」

「ああー……」

「山ほど聞きたいことはあるけど、とりあえず起きて。そのままじゃ余計具合が悪くなる」

「……ん」

 半ば強制的に腕を引っ張られ、身体を持ち上げられる。
 蓮の言う通り、ずぶ濡れの服のままベッドに倒れ込んだようで、触れた部分は尋常ではないほど湿っていた。
 だが、そんなことはどうでも良かった。
 そう、服なんてどうでも良い。

「れ、ん、どうしてここに」

「それは後。あーあ、シーツも濡れて。こりゃ一回洗濯した方が良いな」

 再度引っ張られ、私の頭は蓮の胸にすっぽりと収まった。
 即座に甘い匂いが鼻をくすぐる。レモンよりもマンダリンに近い、柑橘系の香り。

「先にお風呂に入ろう。ほら、歩けるか」

「だい、じょうぶ」

 どうして蓮がここにいるのか。
 朦朧とする頭で必死に考えるが、答えは出てこない。
 そればかりか、視界がぐらぐら、ぐらぐらと大きく揺れてきた。
 ああ、頭が痛い────

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