運命は硝子の道の先に
そう言って、傍らに置かれたグラスを手に取った。節ばかり目立つ長い指を器用に使って、布で素早く磨き上げる。指紋一つ付けない丁寧さ。そして最後にグラスをかざすと、照明に当てられ、表面がきらりと光る。店員は満足げに頷いて棚に戻した。
「何故、残念なんですか」
「さあ、何故でしょう」
薄く笑う、その口ぶりに真剣味はなく、追求する理由もない。私はそれ以上、何も言わなかった。
会話が止まってしまうと、周りの音や声がやけに気になる。学生と思われる客はグループの面々から会費を集め始め、カウンター席の端に座る女性は他の店員と話に花を咲かせていた。店内は相変わらず年代物のジャズが流れ、トランペットの響きが心地よい。
ふと見下ろせば、グラスは空になっていた。また無意識に胃に流し込んでいたらしい。先ほどまで入っていた淡い桃色の液体は、今や見る影もない。それどころか────
「あれ、視界が……」
「どうかいたしましたか、お客様」
「なんだか、頭が、くらくらして」
「この店に来る前にだいぶ飲まれてきたようでしたが、どのくらいお飲みに」
「えっと、どのぐらいか覚えていなくて。ワインを飲んだとは思うんですが」
答える間にも視界がぼやけ、頭が揺れる。前の店での酔いは、このバーに来るまでにある程度醒めていたはずだったが、飲み重ねたことでさらに酔いが回ってしまったらしい。
「お客様、大丈夫ですか。お客様」
静かに呼びかける声。店員は、とうとう俯せてしまった私の肩を優しく叩いた。しかし、それに答えることはできなかった。芯まで蕩けた頭では何も考えることはできず、ただ沈んでいく意識を感じることしかできない。
なおも肩に触れる手。薄れていく意識の中で、その感触を、体温をひたすらに感じた。
そして私は、完全に落ちてしまった。
どこまでも続く、温かな闇の中に────
勢いよく噴き出る水の音。
その音を頼りに目を開くと、クマのぬいぐるみが視界に映った。黒いチェストの上に置かれたそれは首にリボンを巻かれた、とても可愛らしいものだった。見渡せば、床には無造作に置かれた白シャツに黒いエプロンが。どこかで見たような服。だが、この部屋にも、家具にも、ぬいぐるみにも覚えはない。
「ここ、……どこ?」