運命は硝子の道の先に
講義を終え、家路に着こうというとき。
視界の端に見たばかりの背中があるのに気がついた。
「……アキ?」
「い、ちか。久しぶり、でもないな」
アキは気まずそうに頭を掻いて、デニムのポケットに手を突っ込んだ。紺のシャツに黒のスキニーという出で立ち。あのバーで働く人は皆シンプルな服装を好むのだろうか。
そういえば、アキはどうしてここにいるのか。
ヒロにでも会いに来たのだろうか。
「一花は、講義だったの?」
「はい。アキは? ヒロに何か用でも?」
「いや、俺も講義だよ」
「講義、って」
「言ってなかったかな。俺もここに通ってるんだけど」
「き、聞いてない」
とはいえ、よくよく考えれば当然のことだ。
あのバーで働いているのは大半が大学生。アキも友人に誘われ、店でアルバイトするようになったと言っていた。とすれば、アキも大学生、加えてバーから一番近いこの大学の学生だと考えるのが自然である。
「ずっと同じキャンパスにいたんですね」
「そういうことになるね。たぶん違う学部だから会わなかったんだろうけど」
偶然というか、何というか。
こうなるとあのバーでヒロやアキと出会ったのも、当たり前のように思えてくる。そもそも同じ場所で一週間の殆どを過ごしていたのだから。
「ちょうど良かった。一花に会いたかったんだ。少し、話せるかな」
身を屈めて窺い見るアキ。深い黒の瞳がぐっと近寄ってくる。
────また同じことを言われるのではないか。
少し怖かったが、これまでの言葉や行為に嘘が無かったことも確かだ。
「……はい、いいですよ」
私の答えに、アキは胸を撫で下ろす。短い髪を整えて、駐車場の方へと向かった。
人通りの多い場所の方がリラックスできると思ったのかもしれない。
先に行くアキの背中はやはり小さくて、ふと誰かさんの背中が頭を過ぎった。