運命は硝子の道の先に
4 桃色の嘘
開店前のバーは何処となく重苦しい。
例の電飾看板も点いておらず、端から見ればそれが店とは分からないだろう。
だが、アッシュブラウンの髪色をした男はその雰囲気に妙にマッチしていた。
「早かったな」
店の表を掃除していたのだろう。右手に箒を持っている。いつも通り黒いエプロンを着用し、シャツは相変わらずピンと張っていた。ヒロは、やっぱりヒロだ。
「アキはちゃんと伝言を伝えたようだ」
「……疑ってたの」
「いや、アキを疑ったことはない」
「……そう」
ヒロはドアに箒を立てかけると、エプロンに付いた砂埃を二、三度払った。
その動作はどうもぎこちない。アキ同様、ヒロとの間にも微妙な気まずさがあった。
それでもここに来たのは、アキに言われたからだ。
今週の水曜日、ヒロがバーで待ってる、と。
「それで、話って何?」
「ああ、そのことな……」
黙り込むヒロ。互いの間に重い空気が流れる。
平日ということもあって、通りには人が少ない。そもそもバーは大通りから一本奥にあるのだから、当然と言えば当然だ。ヒロが口を開くまで、誰一人として横を通る者はいなかった。
「あの、さ」
「うん」
「アキから聞いた、土曜の朝のこと」
「……うん」
「何かごめんな。変な誤解が生じたみたいで」
「ううん、私も紛らわしい格好で出ちゃったから」
「それは、そうだな」
私の脳裏にはあの日のアキの表情がありありと浮かんでいた。
そして、駐車場での会話も。
ヒロはそれについては何か聞いているのだろうか。
「それから、……聞いたよ、月曜のこと」
「えっ、聞いたの」
「あ、ああ。お前が逃げないとか何とか言ってたって。アキ、心配してたぞ」
「な、何だ。そのことか」
「? 他に何があるんだよ」
「べ、別に。それで、話はそれだけ?」
「いや、本題はここからだ」